「疑惑のチャンピオン」70点(100点満点中)
監督:スティーヴン・フリアーズ 出演:ベン・フォスター クリス・オダウド

悪いのは選手なのか

自転車レースの最高峰"ツール・ド・フランス"で前人未踏の7連覇を成し遂げた名選手ランス・アームストロング。「疑惑のチャンピオン」は、そんな"伝説の男"が題名通りドーピング事件ですべてを失った衝撃の半生を描いた実録ドラマである。

若年性のガンを患った自転車レース選手ランス・アームストロング(ベン・フォスター)は、驚くべき回復力で周囲を驚かせる。それどころかレース最高峰「ツール・ド・フランス」を制するなど、その快進撃はとどまるところを知らない。だがその復活劇の裏では、医師を味方につけた組織的なドーピングが行われていたのだった。

ランス・アームストロングという人は25歳で精巣がんによって生死をさまよった人だ。それどころか脳に転移するという無理ゲーから生還したのだから只者ではない。

映画は彼が、そんなどん底からのし上がっていく成功物語としての面白さと、薬物に手をだし効果を上げてゆく内幕暴露ものの興味の二本立てで楽しく見せてくれる。

USポスタルという弱小チームでしかも病み上がり。体質的にもトップ選手には程遠い資質の持ち主。だがランスには、目的達成のために何かを(この場合は健康と余命)犠牲にしなくてはならないトップアスリートとして当然持つべき覚悟があった。

演じるベン・フォスターは上半身ガチムチ&キレキレの2バージョンを披露する役作りで、決してほめられたものではない行動をとる主人公に多大な共感を集めることに成功した。さすがは16のころから大作小品双方で活躍する、長いキャリアを誇る俳優である。

スポーツマンというものを、とかくメディアは聖人君子のように伝えたがる。それはスポーツというものが健全で健康なものだというイメージによるものである。

だがそれは一般人の健康づくりレベルでの話で、トップクラスのスポーツ選手はときに健康維持とは矛盾するトレーニングをしなくてはならないし、競技によってはドーピング、すなわちドラッグのスタック選別やインジェクションは必須のスキルとなる。ましてランスはガンで睾丸摘出をおこなっている。テストステロン産生に多大な影響があることは間違いないだろう。それを努力や練習でカバーすることは不可能である。

作中でも主人公が、ほかの連中がやっているのにやらずに勝てるかと叫ぶ場面があるが、全くその通り。観客は人間離れしたパフォーマンスなり肉体を見たがっている。選手は人類の頂点に立ちたい。この時点では利害が一致している。

ところがそこに選手の健康を大切に、などと第三者が口をはさむからややこしいことになると、そういうことを言っているわけだ。

この問題については古くから議論があるが、ランスの言い分にも一理ある。彼はツール・ド・ランスといわれるほどの英雄で、同時にセレブであり、ガン撲滅の慈善事業でも功績がある。あまりに目立ちすぎたがために狙い撃ちされただけだという意見もあながち間違いではあるまい。

この映画のいいところは、だれもがクリーンだと思っていたスポーツの裏側を暴いた告発手記や調査レポートを基にしている圧倒的なリアリティ。それをもとに、人物の内面ではなく起きた出来事ベースでストーリーを進めるわかりやすさである。だから「なぜこんなことをやったんだ」との疑問を観客が想像する余地がある。

メインテーマはメジャースポーツの闇、というようなものだが、それにしてもこれは選手個人の問題なのだろうか。映画は競技団体が主人公の薬物検査陽性を見逃す場面などで、スポーツビジネスそれ自体の問題点を提起する。

今の時期、日本人がこれをみると、おのずと東京五輪の不正招致問題を思い出さずにいられない。スポーツで儲けようという輩が、選手の勝ちたい心、感動を味わいたい観客の心を利用して、不祥事が起きる。その点で共通していると言わざるを得ない。

重要なのは、こうしたスキャンダルで晒しあげられるのは常に選手だけであり、その背後で選手以上に利益を得てきた連中がおとがめなしということではないのか。

ロシアのドーピング問題を調査していたフランス当局が、日本の五輪招致における不正送金を発見したことがニュースになっている。だが日本には、ランスのようなわかりやすい生贄はいない。だからJOC会長、組織委員会会長、広告代理店など裏側でうごめく者たちの罪は暴かれることなく、このままもみ消されていくことだろう。それが表ナシの国ニッポンである。

そんなことを考えさせられる、なかなかタイムリーな映画であった。



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