「暗殺」70点(100点満点中)
監督:チェ・ドンフン 出演:チョン・ジヒョン イ・ジョンジェ

韓国人の歴史コンプレックスがはっきり見て取れる

中国でも韓国でもあまりに反日色が強い抗日映画はそっぽをむかれるというが、「暗殺」は本国で1270万人がみた大ヒット作となった。なぜ本作だけは、こんなにも韓国の大衆に人気が出たのか。そんな疑問を念頭に見ると、色々なことがわかってくる。

1933年、韓国臨時政府は日本政府の要人と彼らに協力する民族の裏切者"親日派"の暗殺を計画。実行チームのリーダーとして、美しき女狙撃手アン・オギュン(チョン・ジヒョン)を指名する。だが彼女ら3人のチームは、内から外から激しい妨害に会うのだった。

韓国の批評家たちも指摘するように、この映画は反日感情を満足させてくれる抗日映画だからヒットしたわけではないだろう。

何しろこの映画、ど近眼というある種の萌え要素をそなえた美少女スナイパー、非現実的な双子設定、主人公側だけに有利な銃弾耐久力判定が加えられているなど、むしろリアリティそっちのけのエンタメ映画である。リアリティある抗日映画なんてものがあるのかという疑問は置いておいて。

その上で中身を見ると、なるほど韓国人がどういうリーダーを理想と思っているのか、どういう歴史認識をしたがっているのかよく伝わってくる。

それは1200万人以上もの人々がお金を払ってまで見たがったことからも想像がつく。ようするに韓国人は、この映画が語るような歴史がほしかった。意識しているかはともかく、この映画を見て大変な心地よさを感じたということである。

それは具体的にはどういうことか。端的にいうと、自分たち朝鮮民族は、かつて圧倒的に強い敵に命がけで独立戦争を挑み、勝ち取ったんだということ。

客観的に見ればかなり無理がある、それはほとんど願望に近い歴史解釈である。だがチェ・ドンフン監督はこの映画の中で何度も「わすれないで」と、独立の戦士たちに語らせている。数は少ないが、戦った勇気ある韓国人はいたのだ、忘れないでというわけである。私はそれを見るたびに、なんとも切ない気持ちになった。

というのも、歴史上国際的な大戦争において韓国人が一度も戦わなかった、戦えなかった事実を、彼ら自身がトラウマとして抱えているという、これは告白そのものだからだ。じっさい劇中、ある登場人物がそのことを激しく語っている。

そうした自分たちの弱点、弱みをここまであからさまに見せた映画はめずらしいのではないか。少なくとも日本で公開されることはまれではないかと思う。

幸いにして日本人は、ご先祖様が特攻までして、世界最強軍相手に人類史上有数の奮戦をみせたおかげで、こうしたコンプレックスを感じずにすんでいる。

この映画ににじみ出る韓国人の苦悩、敗者の歴史をたどった民族ならではの根深いコンプレックスというものに初めてふれた日本人は、もしかしたらそのこと自体にすら気づかないかもしれない。だがそれはとんでもなく幸せなことなのだとここに記しておきたい。たとえ意識していなくとも、かつて命がけで戦ってくれた人たちのおかげで、私たち日本人は誇りを持って生きていられるのである。

それにしても、たまたまチョン・ジヒョンという、日本でも知名度抜群の猟奇的な彼女が主演したおかげで、こうした興味深い作品を私たちも見ることができる。なにかとやっかいで付き合いにくい隣国の、本音が描かれた映画を見る。これは数少ないチャンスであろう。

映画はアクションも普通にみられるし、ストーリーの抑揚の付け方もわかりやすくて好感が持てる。ただその一方で、画面の色合いは不自然な部分も多いし、アクションシーンに突出した絵があるわけでもない。

それでも最終的に水準以上に仕上げてくるのは大したものだし、韓国映画ならではのエンタメ度の高さといえるだろう。

もっともキャストの一部は日本語の発音がネイティヴではないので、このキャラクターが日本人なのか、韓国人の親日派なのかがとっさに分かりにくい点は、日本の観客にとってはマイナスだろう。

内容のツッコミどころは多く、とくに日本人将校の冗談みたいな残酷さとか、お前はオークかと言いたくなる主役側の銃弾耐久力などはご都合主義の極みである。とはいえ、どこかそのあたりもほほえましくみられる愛嬌がある。

こうした映画を見ることで、互いの国の本音が見えてくる。これもまた、韓国の持つ重要な一面。私は映画「暗殺」の公開を心から歓迎したい。



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