「マジカル・ガール」85点(100点満点中)
監督:カルロス・ベルムト 出演:ホセ・サクリスタン バルバラ・レニー

足るを知る者は富む

予測のつかないストーリー展開でスペイン語圏の映画祭等で高く評価された「マジカル・ガール」は、一筋縄ではいかない奥深さを感じさせる良作である。

白血病で余命わずか娘(ルシア・ポリャン)のため、日本のアニメ「魔法少女ユキコ」のレア衣装を入手しようとする父(ルイス・ベルメホ)。だがその衣装はプレミアが付き、高額となっていた。仕方がなく、失業中の父がとった手段とは……。

青白い顔をした女の子が一心不乱にアニメソングを踊る。どこかドン引きしてしまうシーンから始まる「マジカル・ガール」は、その不穏な映像の質感通り、たんなる美談や感動もの方面には進まない。むしろホラーでもスリラーでもない、大人のためのすこぶるガチな恐怖映画と言えるだろう。

主人公は娘への溢れる愛情により、なんとか彼女の欲しがるものを手に入れようとする。簡単に入るものではないから、手段を選ばず奔走する。愛の大きさだけは、誰の目にもあきらかになる。

だが彼の運命、そして周りの人々の運命は想像を絶する悲劇へと突き進む。いったいなぜ、優しいお父さんがこんなことになってしまうのか。監督の性格が悪いのか?!

もちろんそうではない、結局のところ、愛とは身勝手なもので、エゴと紙一重だとこの物語は語っている。

じっさい父親はキング・オブ・クズといっていいほどの裏の顔を持っているし、その他の人物も似たり寄ったり。そういう人間の愛いやエゴに振り回され、多くの人間の運命が狂う。シニカルでブラックな、愛の本質というやつである。

監督はそうした愛の深さそのものを皮肉り、その身勝手な裏の一面をさらけだす。極端に描いてはいるが、教訓はシンプルである。

だがここでもうすこし先まで踏み込んでみよう。そもそも、この悲劇の原因はなんなのか。

それはいうまでもなく、くだらないアニメグッズが馬鹿げた値段に高騰している悪しきプレミア主義である。このことにどれだけの人が気づくだろう。この映画に出てくる人物たちは、その意味で資本主義の犠牲者ともいえる。

とかくこの世はインチキなものだらけ。なのに買えないものを無理して入手しようとするモンスター消費者たち。これはサブプライムローン問題の本質でもあるが、そういう人々によって現在の資本主義は成り立っている。

動機は家族のため、愛する人のため。だがそのツケはいったい誰が支払うというのか。

システムが悪いというのは簡単だ。だが、家族愛の名のもとにエゴを覆い隠し、無理をすればいったいどういう結末を迎えるのか。それをこの映画は示している。

映画のなかで、おそらくもっとも法的に重い罪を犯している人物がそれほど悪く感じられず、主人公こそそう見えてしまうところにもポイントがある。

こうしてみると、こういう狂った世の中で道に迷わず生きていくには、まさに欲望や誘惑に惑わされず、「足るを知る者は富む」の価値観を実践していくほかはない。つくづくそう感じるのである。

逆にアメリカ人はかなりまずいだろう。お前たちのやり方には出口はないぞと、お前たちが世界に広めた価値観とはこういうものだぞと、痛烈に「マジカル・ガール」はつきつけてくる。

一番暴力的な連中が見えない、見えにくいというのも彼らが築き上げた現実社会そのもの。ショーウインドウのあちらとこちらというのも、格差社会を感じさせるモチーフである。

とかく思わせぶりで、語りたいことが溢れてくる。痛快さや感動、そういうものとは無縁の映画だが、優れた作品であることは疑いようがない。



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