「幸せをつかむ歌」70点(100点満点中)
監督:ジョナサン・デミ 出演:メリル・ストリープ ケヴィン・クライン

メリル・ストリープ母娘共演

稀代の演技派女優メリル・ストリープ母子共演が話題の「幸せをつかむ歌」は、不器用な親子関係のドラマを分かりやすく盛り上げるため格差問題を演出に取り入れている点が特徴的で、かつ現代的な一本である。

家族を捨てミュージシャンの夢を選んだものの、貯金ゼロのどん底生活を続けるリッキー(メリル・ストリープ)。そんな彼女は、娘(メイミー・ガマー)が離婚して最悪の精神状況だと元夫から知らされる。すぐに、疎遠になっていた娘に会いに行った彼女は、必死に関係修復を試みるが……。

この映画における格差社会の描写はなかなか執拗である。たとえばゲーテッドコミュニティに暮らす元旦那を訪ねる際、その入口で自分が望みの名前で登録されていなかった事に複雑な気持ちになったりする。また、夫の後妻の黒人女性にバスローブをあげるなどと、余裕綽々で言われたりする。ストーリーの要所要所にそうした背景を思い出させるよう、仕込んである。

今の時代、経済的な差こそがもっとも実感を伴う壁、越えられない高い壁ということで、国民的コンセンサスとなっている米国の実情が垣垣間見える。

だからこそ、それでも必死にぎりぎりの防衛戦を張る、バスローブの口論シーンが共感と感動を呼ぶ。ここはアメリカ人でなくとも、日本人でも同じだろう。

音楽の才能が多少あれど、客観的にはヒロインは完全に負け組である。しかし、豊かなもと旦那一家のほうだって問題だらけだ。だが、彼らにはたいていの問題は解決できる経済力と言うものがある。それでも主人公はなにがしかの影響を、娘や息子たちに与えることができるのか。

未来もない、金もない、ろくでなしの人生を歩んできたダメ人間がなんとか一矢を報いようとする、ある種のルーザームービーの魅力をはらみつつ物語は進行する。

泣ける見せ場はいくつもあるが、印象的なのは意外にもリック・スプリングフィールド演じる主人公のバンド仲間が、厨房でうちひしがれた彼女を励ます場面。どうみてもあたしは人生の敗北者よ!と自虐的になる彼女に彼が言うセリフは本作屈指の名場面である。土俵際で必死にねばる人間たちの姿は、いつだって人々の胸を打つ。豪州出身のミュージシャンでもあるリック・スプリングフィールドの、自身の苦労人生が顔ににじみ出たような気迫が伝わってくる。

ただ本作最大の問題は、はたしてメリル・ストリープがビンボー人代表にはまったく見えず、どうしても感情移入を邪魔する点である。

現実では彼女こそゲートの向こう側の住人であり、見ているものはそれを全員知っている。この先入観だけは、いかに彼女の演技力をもってしても消し去れない。妬みのパワーとは恐ろしいものである、我ながら。

それにしても最近のアメリカ映画をみると、もうあの国の格差社会っぷりはどうしようもないなと絶望する。この映画のヒロインや、あるいは日本生息のネトウヨネトサポのように、肉屋を支持する豚となってもっともふさわしくない指導者に投票した、その結果がこの有り様である。現在進行中の大統領選で、新自由主義者の候補がことごとく支持をへらしているのが、せめてもの希望か。



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