「ザ・ウォーク」90点(100点満点中)
監督:ロバート・ゼメキス 出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット ベン・キングズレー
WTC誕生の瞬間を描く
ワールド・トレード・センタービルの間を綱渡りした男の実話「ザ・ウォーク」は、単なるいち大道芸人の偉業以上に重要なメッセージを描いている。
1974年、フランス人の大道芸人フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)はニューヨークの新しいビル、ワールド・トレード・センターの写真を見て目を奪われる。その二つの建物の間にロープを張り、綱渡りができたら……。だがひらめきのようなその計画を、フィリップは即座に実行に移すのだった。
3D効果をふんだんに生かした超高層ビルの綱渡り。しかしまあ、クライマックス以外は退屈なドラマだろうと思っていたがとんでもなかった。
綱渡りも数百メートルの高さとなると、尋常な準備ではできない。正確な2点の距離、風速、ワイヤーのブレにくい張り方、衣装など、調べること、手配することは限りなくある。正確な計算もしなくてはならないし、どうやってワイヤーを渡すかという大問題も立ちふさがる。そもそもこれは厳密には犯罪であるから、いつどうやって侵入するかも決めねばならない。
一人じゃとても無理だから、仲間を集めなくてはならないが、それはどうやって見つけるのか。そのすべてが、まさにミッションインポッシブルということで、この映画はなかなかスリルのあるサスペンス的見せ場が多い。
それらをクリヤーした後の本番だが、そこで私たちはフィリップと同じく、誰も見たことのない、感じたことのない体験をすることになる。それは事前の予想を上回るものであり、それが大きな感動をもたらす。たいへん満足度の高い、一人の人間の命を懸けたチャレンジの様子を味わえる。
それだけでも十分な佳作だが、見終わるとさらに重要なメインテーマに考えいたる。それは、WTCビルこそがもう一人の主人公ということである。WTCは建設当初、ファイルキャビネットと揶揄されていたという。武骨なデザインで、ニューヨーカーの評判が悪った。
ところがある時点からこのビルがニューヨーク市民にとってかけがえのない存在へと変貌する。この映画を見ると、誰もがその瞬間を知ることができる。そう、「ザ・ウォーク」は、じつはWTCの「誕生」を描いた映画である。
ひとつのビルが、ある芸術的犯罪によって誕生した──。そしてそのビルは、別の犯罪によってこの世から去った。私たち外国人の多くは、後半だけしか知らない。この映画は、それ以上に大切な、すなわち人命以外に「アメリカ人が9.11で失ったもの」を私たちに教えてくれる。その衝撃と喪失感が、ある種のせつなさとしていつまでも余韻に残る。このことを知って、ようやくアメリカ人の苦しみに共感できるというわけだ。
ビルに飛行機が突入する映像など一つもないのに、あのテロ事件の本質を描いている。たんなる史実ドラマなのに、その根底にはそれ以上に心揺るがすメッセージが隠れている。こういう映画はそうそう作れるものではないし、見る機会もない。なんとか皆さんにも見てもらいたいと思う。