「ブリッジ・オブ・スパイ」70点(100点満点中)
監督:スティーヴン・スピルバーグ 出演:トム・ハンクス マーク・ライランス
平和の価値を感じさせる
冷戦期の捕虜交換の話を映画化すれば、ふつうは橋でのスリリングな交換場面をクライマックスにする。だがスピルバーグの非凡なところは、物語の力点をそのあとに持って行ったところである。
1957年、ニューヨークでルドルフ(マーク・ライランス)という名のソ連側スパイが逮捕される。その国選弁護人となったジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、やがて敵ながら彼の堂々とした態度と愛国心に一目置くようになる。一方、撃墜された米偵察機のパイロットが東側で拘束され、事態は二人の捕虜交換の方向へと進んでいく。
トム・ハンクス演じる人のいい民間人弁護士が、やがて捕虜交換の交渉役としてベルリンの壁のこっちとあっちを行き来する展開になる。
政府機関が表立って動くわけにはいかない案件のため、やむなく彼の肩に人質の命という重責がかかるわけだが、はたしてトムハンクス弁護士はこのやっかいな任務をはたすことができるのか?!
という、実話を基にした美談の映画化である。
もっとも、トム・ハンクスのような善人顔が演じているが、実在のドノヴァン弁護士は欧州版東京裁判とでもいうべきニュルンベルグ裁判で検事を務めたり、CIAの前身組織OSSの顧問を務めたりしていたわけで、どう考えても単なる民間人ではない。むしろアチラ側の人だろうと思うわけだが、映画はそういうことは露ほども言わない。美談で突っ走る方向である。
まあそれはそれとして、この作品は平和と日常というものを重要な題材としてベースに描いている。壁の向こうとこちら側で、同じように走る子供たちを眺めるシーンもそうだし、前述したようにクライマックスを捕虜交換ではなく、その後のニュース画面においたところもそうだ。
スピルバーグ監督は、平和な日常の価値というものをこれ見よがしに見せることで、観客に問題提起をしようとしている。すなわち、なぜこの話のようなトラブルが起きるのか、ということだ。
その答えや解釈をあえて書くことはしないが、スピルバーグとコーエン兄弟は、映画の中盤のサスペンスシーンの要素にそれを練りこむというしゃれたことをやっている。ポイントは、"知らない & 知る"、という要素である。
年明けにいきなり見ごたえのある諜報ものということで、昨年からのスパイ映画ブームの継続を思わせるが、娯楽度の高い昨年の作品より重厚で、多少は頭を使う映画になっている。
東ドイツの偽家族の場面など、乾いたコメディシーンにはコーエン兄弟の筆を思わせる部分もある。ダブルネームというべきスピルバーグ監督とのコンビは、なかなか上々といえる。