「不屈の男 アンブロークン」35点(100点満点中)
監督:アンジェリーナ・ジョリー 出演:ジャック・オコンネル ドーナル・グリーソン MIYAVI

遅すぎた

かつて反日人肉映画との噂でもりあがった「不屈の男 アンブロークン」も、気づけば世界最後尾からの日本公開。噂の真偽ははもはやネット民の間に知れ渡り、すっかり愛国者たちの怒りの熱エネルギーも冷めてしまった。

1936年、かつての不良少年ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は陸上競技で目覚ましい活躍を見せていた。だが第二次大戦がはじまると彼は爆撃機の射手として対日宣戦に参加、しかしその後の運命は、だれも予測できない過酷なものだった。

反日映画としての話題の喪失は、怖いもの見たさのその他大勢見込み客をも失う結果となった。なにしろこの映画から反日騒動をとったら、不器用な女優監督が不十分な知識で撮った半端な伝記史実しかのこらない。

まず、本作で目を引くのは冒頭、米爆撃機が日本のゼロ戦に襲われるスカイアクションだ。視点が米国側、すなわち高性能で不気味な日本機に襲われる側なものだから、日本人には新鮮である。戦闘機に狙われる爆撃機内の恐怖感というものを疑似体験する機会はこれまであまりなかったというのもある。

さて、その後は主人公ルイ・ザンペリーニの、苦難に満ちた人生レースの模様となる。そのうえで、どんなに酷い目にあっても屈しない鉄の精神を讃えるわけだが、彼が乗り越えてきた壁のひとつ、ようは障害物記号のひとつとしてワタナベ軍曹による捕虜いじめが描かれている。

そんなわけで、もともと日本軍の悪さを告発する類の話ではないから、噂ほどには特段の悪意は感じない。感じるのはせいぜい監督の知能の足りなさくらいなものである。

というのも、アンジェリーナ・ジョリー監督はどうやらワタナベ一人がキチガイだと描きたいので、その他の日本兵を全く描写しない。あんなおかしな虐待をやっていれば、誰か反対者や不快に思う人間がいてもおかしくないのに、そういう人間的な側面には興味がなさそうである。

日本兵のセリフときたら「早くしろオラ」と「急げコラ」の2種類しかなく、まさにザ・モブキャラそのものである。人間味ある人物を一人でも見せておけば、MIYAVIのアニメチックな見た目や常軌を逸したサディストぶりが際立ち、より効果的であったろうに。アンジーにそんな腰の重い演出はできやしない。

というより、白人圏の連中の多くは日本人をまともに描写しようなどという発想はもとよりないのではないか。根底に差別意識が染み付いているから、こんなみっともない演出上のアラにも気づかない。天下のコーエン兄弟が脚本を書き、一流の現場スタッフに囲まれていてもこのありさま。だからこの映画は知能指数が低く感じられるというわけだ。

また、全体を通してみれば、ザンペリーニが傾倒するキリスト教団の「赦しの精神」的なものを隠しトッピングとして潜ませているのは明らか。材木のクライマックスでは、たかが陸上選手がまるで救世主扱いだから苦笑するほかない。いくらなんでも美化にもほどがある。

それにしても、この不器用な出来ではこの監督への期待はしぼむ一方である。いったい次回作でどう盛り返すのか、旦那様は何と言っているのか、少々心配になりつつ見守っていきたい。



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