「杉原千畝 スギハラチウネ」75点(100点満点中)
監督:チェリン・グラック 出演:唐沢寿明 小雪
ライバルを圧倒する高品質
エア御用プロパガンダの様相を呈するライバル東映の「海難1890」に比べ、「杉原千畝 スギハラチウネ」は見事な出来映えである。それはチェリン・グラック監督が日本育ちとはいえ外国人で、ある程度客観的な視点でこの史実を描くことができたからだろう。完全なる当事者でる日本人が監督したら、もっと湿っぽいお涙ちょうだいになっていたかもしれない。
ソ連との北満鉄道譲渡交渉を成功させた外交官の杉原(唐沢寿明)は、ソ連から危険視され念願のモスクワ勤務がパーになってしまった。さらに、代わりに赴任したリトアニアの日本領事館も第二次世界大戦に巻き込まれ、閉鎖が決定する。その期日が迫る中、領事館前には同盟国のナチスドイツに迫害され、出国のためのビザ発給を望むユダヤ難民が大挙押し寄せる。杉原は政治と人命救助のはざまで、困難な決断を迫られるのだった。
この映画が良かったのは、まず杉原を人権活動家のごとき博愛平和主義者に描いていない点である。
いうまでもなく、戦争前夜にロシアに赴任しようなんて外交官は、ほとんど諜報員のようなもので、ある意味武闘派である。杉原にもそうした一面があり、というよりきわめて優秀な諜報員の一面があったというのが事実であろう。
「杉原千畝 スギハラチウネ」では、冒頭に北満鉄道譲渡交渉のシークエンスが配置されているが、そこでの杉原の活躍はまるでスパイ映画のようですらある。ここでこの主人公がリアリストで、外交の厳しさを知る人間であると印象付けたおかげで、後半のビザ発給までの葛藤と決断の価値が伝わる。彼がしでかした事がいかに当時ありえない暴挙だったか、その勇気に感動できるというわけだ。
チェリン・グラック監督はハリウッド仕込みの演出術のたまものか、説明すべき点とカットしていい部分を見分けるのがうまい。いらない部分は大胆に切り捨て、無説明で進む。それでも観客が戸惑うような難解な場面はほとんどない。この時代の国際情勢や史実についての予習なども不要である。
特筆すべきは、杉原のしたことが決していい結果ばかりを生んだわけではないと、そこまで言及した点である。歴史には、いやどんなことにも良いことと悪いことがある。それが世の理であり、映画だからといって変える必要はない。むしろ正直にマイナス部分を語ることでリアリティがうまれ、観客は好感を抱く。
杉原サバイバルとよばれる彼が救ったユダヤ人とその関係者たちは、いまでも世界中で活躍し、日本の外交力を支えているとされる。
しかし、それでも日本の外務省にとって杉原千畝の存在は、無条件で宣伝したいものではまったくない。
彼をたたえれば当時の自分たち(先輩たち)への批判の声が高まる。そういう関係であるから、この映画に対してあまり協力したくはないというのが本音であろう。……というような話を私は事情通から聞いた。さもありなんである。
そんな裏事情もあるから、しがらみから遠い外国人監督がメガホンをとったのは最善手だったというわけだ。
安倍時代の保守ブームにおもねりすぎておかしな事になった「海難1890」に比べれば、その出来は雲泥の差である。
そして来週公開される、思想的には真逆の山田洋次監督「母と暮せば」もまた、すばらしい完成度だったりする。結果的に16年のお正月映画、日本映画はこの2本のガチンコ対決となる。はたして皆さんはどちらに軍配を上げるだろうか。