「ナイトクローラー」90点(100点満点中)
監督:ダン・ギルロイ 出演: ジェイク・ギレンホール レネ・ルッソ
ブラック起業ムービー
いまどきの時代の特殊性を考慮せず「若い奴はどんどん起業しろ」などという大人はいささか無責任である。そういう人は、説教を垂れる前にまず「ナイトクローラー」を見るべきである。
ルイス(ジェイク・ギレンホール)は窃盗もいとわず暮らしている男。ある日、交通事故の現場に偶然遭遇した彼は、そこでカメラを回す奇妙な男を見つける。その男は事故、事件現場専門のパパラッチであり、興味を持ったルイスは早速自分も見様見真似で開業するのだが……。
エスカレートするテレビ局の視聴率競争、そのためならどんな過激なことをしてもいいのか……的なメディア批判がこの映画の表の顔である。多くの批評家もその点を評価している。
だが私にいわせればこの映画の裏の顔は、「ブラック時代の成功マニュアル」である。
ルイスは金もコネもないが、長年のすさんだ暮らしで良心や倫理感すらもなくしてしまった。だがそれこそがナイトクローラー、すなわち事件事故現場専門のフリーカメラマンを起業するにあたって、最強武器になるのである。これを皮肉といわずになにをいうか。
もちろん、ネットを使ってお金をかけずに勉強をし、業界研究を怠らず、カメラや車など必需品には惜しみなく投資をする。ルイスの持つそうした行動力や決断力は時代を問わず成功者に必須のスキルである。
まさに教科書通りというべき、そうした成功への階段を一つ一つ上って頂上に近づく様子はこの映画、異様なテンションと期待感、痛快さを感じさせる。なにしろ最底辺から上りつめていく、下克上的な面白さがある。
だが結局のところ、成功するか失敗するかの分かれ道となるのは「良心」をいかに捨てられるかの一点に集約される。
労働基準法を守っていたら人件費が上がり、利益を最大化できない。労働時間? なにそれおいしいの? スピード違反? あほか、守ってたらスクープとれないよと、そんな感じでとにかく罪悪感を捨て去らないとライバルを出し抜けない。
これは、多かれ少なかれ起業者が直面するジレンマであろう。パパラッチなどという特殊な職業だからと逃げようとしても、本心では誰もが気づいている。これは俺たちの物語なんだ、と。
そこにこの映画のもっとも優れた問題提起がある。サイコパスでなければ成功できない、そんな世の中を作り上げてしまった私たちへの、これは痛烈な批判である。
ルイスの行動力や抜け目なさは本当に格好よいので、思わず共感してしまうところがまた恐ろしい。明らかに人間的に間違っているルイスは、現代では目指すべき成功者の資質を誰よりも持っているというわけだ。
はたしてこれをみても、気軽に若者たちに起業しろといえるのかどうか。起業とはここまで覚悟し、大切なものを捨て去る覚悟がないとうまくいかないよと、この映画は言っている。そしてそれは、私が思う限り間違っていない。
そういう意味では「ナイトクローラー」は、高校生くらいから積極的に見せたいお仕事ムービー(裏)といえるかもしれない。いずれにせよ、今年有数の面白さ。文句なしの大傑作といえるだろう。