「バケモノの子」55点(100点満点中)
監督:細田守 声の出演:役所広司 宮崎あおい

小さい子を持つ父親の理想像

前作「おおかみこどもの雨と雪」で出産と育児の喜びを母親目線で描き、女性たちの絶大な支持を得た細田守監督は、新作「バケモノの子」でこんどは父子関係の映画を作った。「おおかみこどもの雨と雪」の次回作としては、無難な企画といってよい。

あてもなくうろつく家出少年(声:宮崎あおい)は、渋谷の路地で熊徹(声:役所広司)なる化け物に出会う。彼の言葉にひかれるように追いかけた少年は、いつしか「渋天街」というバケモノの世界へと迷い込むのだった。

「おおかみこどもの雨と雪」を見て期待してやってきたようなライトユーザーであれば、そこそこの満足と感動の涙を流して帰路につけるであろう、安定した出来のアニメーション映画である。

いかにも小さいお子さんがいるお父さんが作った映画という感じで、熊徹と九太の疑似父子関係には、細田監督のささやかな願望というか、父としての理想のようなものが感じられる。

父親なら、子供の中に永遠に何かを残したい、存在していたい。子供が生まれればそんな風に思うのは無理もない。

だが、新パパとしてのそんな熱狂が去った後には、こんなエンディングを作ってしまったことをきっと気恥ずかしく思うだろうと私は思う。

息子側、もしくはすでに大きくなった息子を持つ父から見れば、これは過干渉そのものであり、うっとうしいことこの上ない。とても共感はできないというのが正直なところだろう。これでは単なる親のエゴだ。

むしろ、親父のことなどときおり思い出す程度の関係こそが、父と子、互いにとっての理想と言うものである。小さいけれど決して消えさりはしない、そんな暖かくともる灯。そんな父子関係を描く映画を、きっと細田監督もいつか撮るだろう。

演出面では、九太に可愛げが足りないのが少々マイナスか。バケモノがかわいそうになるくらいの悪ガキぶりは、ほほえましくみられるというラインを超え、ちょいと無礼にすぎる。

一方、熊徹のキャラクター造形は共感しやすく見事な出来。演じる役所広司はさすがの存在感で、この映画の泣ける場面における最大の功労者となっている。「俺はあいつに足りないものを埋めてやるんだ」との叫びはエゴイズム丸出しだが、そんなセリフで泣かせるのは彼の演技のおかげといえる。

また、現実の渋谷の街とバケモノ界を同時に存在させ行き来する世界観は、絵敵に新鮮だし都内在住者としては非常に面白い。女子高生とのほのかなロマンス風味も、前半との落差に驚かされると同時に、きゅんきゅんする魅力がある。

このサブストーリーは唐突なようにも思えるが、じつは細田守監督の強みというのはここにある。

考えても見てほしい。図書館での出会いや壁ドン、一緒に仲良く勉強、ワンギリ待ち合わせ、美少女なのにクラスで孤立するヒロイン……。

そういうものは、オタクアニメの典型的パターンであり、どれもこれも非現実的で妄想チック、痛々しいことこの上ないはずの設定である。

ところが細田監督は、そうしたオタクアニメの雛形を、すんなり普通に見せられるのである。断言するが、この監督最大の才能はこの点にある。くさすぎる要素てんこ盛りでも一般人に見せられるアニメ監督というのは、この人くらいではないか。

だから本当は「時をかける少女」とか、そういう方向性の映画をもっと作ってくれればいいのだが、そうでない映画が大ヒットしてメジャー入りしてしまったがために、ジブリ的王道路線を背負うことになってしまった。

器用だからそういうものも作れるが、そちらはまだ力不足というか、せっかくの個性と能力がいかし切れていない印象を「おおかみこどもの雨と雪」でも「バケモノの子」でも感じてしまうのである。

今更、細田監督ほどのヒットメーカーは後戻りはできまい。周りもさせまい。となれば、なんとか真の傑作をものにしてほしいと願う限りである。



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