「シンドバッド 空とぶ姫と秘密の島」80点(100点満点中)
監督:宮下新平 声の出演:村中知 田辺桃子 永澤菜教

地味だがきわめて良質なアニメーション

最近の子供向けアニメーションは、ポケモンや妖怪ウォッチといったテレビのキャラクターもの、もしくはディズニーやピクサーなどの海外産が中心で、それ以外の国産のベーシックなものは影が薄い。

そんな風潮に立ち上がった……というわけでもなかろうが、かつて「世界名作劇場」シリーズで日本アニメのベーシックを作り上げた日本アニメーションが、その40周年記念にシンドバッドの冒険を持ってきた。本作はその3部作の1作目となる。

少年シンドバッド(声:村中知)はあるとき空から女の子と馬が起きてくるのに遭遇する。何者かに追われる彼女を非力ながら助けようとするシンドバッドを見ていたラザック船長(声:鹿賀丈史)は、そのガッツを見込んで自分の船にスカウトする。

まず、50分間という短い上映時間の半分以上を、「少年が旅立つまで」にあてた筋運びに好感が持てる。近年の子供向けアニメは、とにかくファンタジーやアクションを見せればいいと勘違いしているかのような、のっけから派手なものが少なくないが、そういう安っぽいものに親たちはうんざりしている。

この映画で重視しているのはそれよりも、少年が二人暮らしの母の元から旅立つ決意をするまで。それを敏感に察知しながら問い詰めることなく、静かに覚悟を決めて見守る母。この関係性である。それは幼いわが子がやがてたくましい少年に育つまでを回想するシーンに表れているが、子を持つ親なら思わず落涙するであろう名場面となっている。音楽がまたシンプルかつ切ない旋律で、この良質な物語を盛り上げる。

船に乗ってからも、とんとん拍子に活躍するような非現実的な展開にはしない。美しい海原に期待を膨らませる喜びあふれるショットを見せながらも、いきなりの船酔いという現実の苦労を避けるような描写はしない。それも、コミカルに描くようなアメリカアニメ的なやり方ではなく、きわめて誠実だ。

翌朝には下働きの労働シーンも省くことなく描く。大人たちも共に行う姿は、子供には自ら働く姿を見せるのが一番という、きわめてまっとうな教育観をこの作り手が持っていることを示しており、安心できる。

本題……というかどうかわからないがファンタジックな冒険に入るまでに、こうした流れを丁寧に描写しているところが本作の美点である。素直な絵柄も親しみやすく、こういうものこそ真に親子でみるにふさわしい、まっとうな日本アニメーションだと私は高く評価する。

シンドバッドの冒険などというと、もはや手あかのついたような題材と思うかもしれないが、伝統的な物語を教えることは教養の一環としても役立つ。中途半端なオリジナルファンタジーアニメなんぞより、よほど良いだろう。ましてテレビアニメの映画版のようなお手軽品など、見せたくはないという映画好きの親は少なくないはずだ。

そうした、教育に高い意識を持つ親たちに、この作品はぴったりである。こういう作品は、極めて少数である。あったときに見ておかないと、そういう親子は映画館に行く機会を失ってしまう。幼稚園から、小学校4年生以下くらいの男の子を持つ親には、この夏のベストバイのひとつだとお伝えしておきたい。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.