「誘拐の掟」80点(100点満点中)
監督:スコット・フランク 出演:リーアム・ニーソン ダン・スティーヴンス

すごい緊迫感

「誘拐の掟」というから、誘拐ものの脚本はリーアム・ニーソンにもっていけ、みたいな掟があるのかと思ったがそんなはずはなく、しかし彼のおかげで抜群に本作はおもしろくなった。

1999年、元刑事のマット(リーアム・ニーソン)に怪しげな男から依頼が舞い込む。それは、妻をさらわれた男からの、犯人探しの仕事だった。直感から危険な背後関係を察したマットだが、すべて承知で彼は引き受けることにする。

ものすごい緊迫感で、まるで「羊たちの沈黙」を思わせる。その理由は、この主人公が元敏腕刑事、すなわち捜査能力があるのに今は何の後ろ盾もない探偵もどき、との設定によるものが大きい。

下手に能力があるものだからグングン組織の内部、犯罪の闇の奥にはいっていけてしまうが、彼には無線一本でやってくる援軍もなければ組織力もない。つまり、敵の暴力に対抗することはできないのである。これは怖い。

そしてこのハードボイルドな役割を、リーアム・ニーソンは抜群の共感力で演じる。過去になにかとんでもない経験をしてトラウマを抱えている。過酷な戦いをかいくぐってきた中年男ならではの哀愁。それが後姿から感じられる。

もっとも96時間以内に誰でも救い出す特殊能力はないにしても、ちょっとやそっとではへこたれない精神・肉体面のタフさは持ち合わせており、それがこの上なく格好いい。けしてほめられた依頼人ではないが、それ以上の悪に対して彼は命がけで戦うのである。男の美学とはこういうものかと、ハードボイルド好きにはたまらない、静かで熱いストーリーである。

唯一彼の仲間になるのが、黒人で少年でホームレスで病気という、どうしようもないほどの弱者コンボなキャラクターな点もいい。どう考えても力になりそうもないこの彼が、意外な活躍を見せるだけで嬉しく感じられる。

と同時に、このワトソンくんが作品全体のテーマにおいて重要なカギとなっている点にも注目してほしい。

じつはこの映画はきわめて宗教的教訓にみちた作品である。

たとえば被害者の女の子たちの名前を見れば、その暗喩はより明らかになる。そのせいで、終盤いきなり説教臭くなって映画的快感を損ねてもいるのだが、それはそれ。

誰が生き残って誰が死ぬか。そういう物語的な必然にもこの価値観はかかわってくる。そのあたりに注目してみると、人間があるべき生き方、たよるべき価値観とは何か。この映画の言いたいことを探り当てることができるだろう。



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