「博士と彼女のセオリー」60点(100点満点中)
監督:ジェームズ・マーシュ 出演:エディ・レッドメイン フェリシティ・ジョーンズ

ホーキング博士の(奥様執筆の)自伝

スティーヴン・ホーキングは、おそらく世界で一番有名な物理学者だろう。だが、車いすに乗って人工音声で話す彼の、過去の半生は案外知られていない。「博士と彼女のセオリー」は、そんな天才博士の伝記物語である。

ケンブリッジ大学院生のスティーヴン(エディ・レッドメイン)は、将来を期待された若者だったが、あるときジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と出会い恋に落ちる。ところが直後にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。余命2年を宣告されてしまう。

この映画は、人生の節目というものを的確に描いている。我々が想像しうる彼の人生の節目とは、たとえば病気を発病する瞬間、そして重度障害者となるとき、結婚などいくつかある。

だが本作品ではそれ以外の、それこそほんのささいに思える出来事が実は人生の節目だったんだよと、最後に一気に巻き戻して見せてくる。これが感動的な演出で、ああ確かに人の一生というのはこうした小さい宝石のような出来事の積み重ねかもしれないなと思わせる。観客にそうした暖かい希望を与える点が、この映画のよいところである。

主演のエディ・レッドメインは、もっとも注目されるのはALS特有のこわばりなど見た目の部分だろう。ここは当然ながらよく調べてあるから問題はない。むしろ、後半は少々甘いなとすら感じるが、それによって観客と博士の内面がリンクしやすいとの計算であれば問題はあるまい。

場面単位でいうと、重症患者用の文字パネルを初めてジェーンが操るそれが印象に残る。これをうまく使えない彼女と、その後にでてくるプロの介護者の違い。このシークエンスで監督は、絶望から希望までこちらの感情を大きく揺り戻す。

だからこそ、その後の別れのシーンもすんなりうけいれられる。ただしこのシーンは少々意味がわかりにくい。原作者がジェーン自身である点も影響しているかもしれない。

終盤のスピーチはもちろん涙を誘う見せ場だが、個人的には彼がジェーンに「あれを見なさい」と語る台詞に胸を打たれた。前人未踏の研究を打ち立てた彼にして、もっとも価値あるものは「あれ」だと言っている。

人の幸福とは、外から見ても案外わからないものである。だが、たとえなんの才能がなくとも、不自由な境遇の中でも、きっとそれは用意されている。そんな風に思わせてくれる暖かい1本である。

スティーヴン・ホーキング本人も、この映画を見て涙したという。「俺もこんな人生を歩んでみたかった」との悔し涙ではないことを心から祈りたい。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.