「トム・アット・ザ・ファーム」85点(100点満点中)
監督:グザヴィエ・ドラン 出演:グザヴィエ・ドラン ピエール=イヴ・カルディナル

全映画作家が嫉妬してしまうのではと思うほど良い

グザヴィエ・ドラン監督は17歳の時に脚本を書いた「マイ・マザー」を19歳で監督して絶賛された天才肌の映画作家である。そしてその才気は、暴力による支配をメインテーマとするドラマ「トム・アット・ザ・ファーム」で再び証明された。

恋人ギョームの葬儀のため、彼の実家を訪れたトム(グザヴィエ・ドラン)は、そこで自分とギョームの関係が少しも母親に知らされていなかったことにショックを受ける。それどころか、唯一それを知っているらしいギョームの兄フランシス(ピエール=イヴ・カルディナル)からは、絶対に二人の関係を口にするなと脅されるのだった。

紙ナプキンに何事かを書き殴る冒頭のアップショットからして異様な、あらゆる点に力強さを感じる映画である。ここで観客が想像する今後のいろいろな展開を、あっさり裏切り翻弄する筋運びも抜群にうまい。

映画を見慣れた人ならば、アカペラ曲をバックにドライブするその後のシークエンスが、運転する男の感情の孤立を徹底的に際だたせているんだなとすぐに気づくだろうが、このように明確に演出意図が伝わってくる点も心地よく感じるはずだ。

あらゆるショット、構図、セリフ、視線、そうしたものに意味付けをする、これは大変に強度の強い構造の映画である。なおかつ適度に分かりやすくできているから、理解する快感を感じさせてくれる。

それにしても、恋人の葬式のため向かった田舎町で乱暴な兄貴に出会う。それだけの話でなぜここまでエキサイティングなスリラーを構築できるのか。まったくもって驚かされる。

繰り返すが、濃厚かつ意外かつ思わせぶりなショットに満ちた本作は、その演出がことごとく的確で、また作り手の意図が伝わってくる。言葉を解しないコミュニケーションを、作り手ととれる、これが映画の面白さというやつである。

その最たるものは、画面のアスペクト比が突然変わる場面。ここからエンディングの曲にいたる流れで、この映画はあからさまにもう一つの凶暴な表情をむき出しにする。これはなかなか予測できまい。

私はこの映画すでに数回鑑賞したが、そのたびに新発見がある。それをふまえてこれから見る皆さんにアドバイスすると、まずフランシスとトム、二人の関係の謎をとくには、ポルシェの絵が飾られている部屋の家具の配置に注目する必要があること。

そして、この映画の解釈の助けとなる「フランシスが何の象徴になっているか」については、先ほどのアスペクト比が異なるシークエンスに明快な回答があるということ。それはもう、明快すぎて笑ってしまうほどだ。これを見て私は、なんとこの監督の感性は若いのだろうと感心した。まあ、実際に25歳と若いのだが。

これだけの映画を作りながらグザヴィエ・ドラン監督は「忙しくって複雑な脚本を書く時間がなかったから、今回は戯曲の映画化にした」などという。

これが複雑な脚本でないなら、世の中の99パーセントの映画監督・脚本家は単細胞といわれてしまう。

まして彼はその脚本をひと月足らずで仕上げ、17日間で撮り終えた。難易度が高いフィルム撮影で……。

本物の天才というのも、いるところにはいるものである。前作までとはだいぶ作風が変わったが、個人的には今回のそれを支持したい。次回作は初の英語作品ということだが、非常に楽しみである。



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