「アンナプルナ南壁 7,400mの男たち」75点(100点満点中)
監督:パブロ・イラブル

魂の名言集

噴火警戒レベル1(平常)だったはずの御嶽山が、予測できない水蒸気爆発をおこし、多くの人が犠牲になった。山というのはかように人知を越えた存在で、それは山に関わるものなら誰もが共有する実感であろう。たとえ完璧な準備と全力を尽くしても、運が悪ければ命を失う。それは標高の高さとも無関係で、人は覚悟して挑む意外にない。

「アンナプルナ南壁 7,400mの男たち」は、そんな山の非情さと、しかしそこに関わる人間たちの美しい心を描いたドキュメンタリー。2008年5月に実際に起きた事故と救助活動について追いかけた、感動の物語である。

アンナプルナとは、ヒマラヤ中央に位置する山群の名前で、高い山では8091メートルもある。標高世界10位の高峰だが、難易度だけなら最高峰とすらいわれる山でもある。エベレストを何度も登頂したようなトップクライマーが、登山人生の総仕上げとして挑戦する、そんな山だ。

スペインの登山家イナキ・オチョア・デ・オルツァも挑戦者の一人だったが、7400メートルを超えたあたりで重い高山病にかかり、一歩も動けなくなってしまう。

ちなみにこのイナキという登山家は、ベテランの大変な実力者である。夏の富士山では、デニタンにコンバースで登る金髪のお姉ちゃんがもやは風物詩だが、そうしたハイキング気分で失敗する口では全くない。

この映画は、そんなイナキさんを助けようというチャレンジを描く映画だが、なにしろここは8000メートルの難所。そもそもそんなところへ救助にいけるスキルをもった人間がいない。ヘリだって簡単に近づけるところではない。はっきりいって、到達の難易度からすれば宇宙空間と大差はない世界である。

そこで召集されたのが、比較的近所にいた世界のトップクライマーたちであった。あるものは同じ山を挑戦中に、あるものは病気の治療中に、あるものはベッドで休もうというそのときに、その電話を受ける。そして驚くべきことに、誰もが二つ返事で協力を申し出るのである。

これは大変なことである。

なにしろこの山は、登った人間10人中4人が命を落とす、リアルスぺランカー山。そんな恐ろしいところに、十分な準備もできずに助けに行くというのだ。しかも彼らは謝礼を受け取ろうとしない。

いったいなぜそんな割に合わない行動をとるのか。それを明らかにするのが、この映画最大の見所である。

思えば下界ではくだらないことで人は言い争い、戦争がたえない。だが、宗教も人種も国籍も職業もまちまちなこの特攻野郎Aチームのそれぞれが語る言葉からは、いかにそういうことが低レベルでバカバカしいものなのかを痛感させられる。

その意味で、およそ本作ほど心に響く名言がつまった映画は見たことがない。なにしろ10人に4人が死ぬ山に、ノーギャラで登ることを即断する連中のいう言葉である。重みがまるで違う。

「山登りはしょせん人生の一部であり、より所ではない」と意外なことをいう男は、その後にどんな言葉を続けるか。

健闘むなしく、肺水腫を発症してしまったロシアの屈強な冒険家は、それを知ったときどんな行動をとったか。泣く泣く下山してあきらめたのか。

自分の命を危険にさらし、勝ち目の薄い戦いに挑んだ男たちは、はたして最後にどうなったのか。

救助メンバーの一人、アレクセイが最後にこう語る。「ただ助けたかった、なぜなら……」その先は、映画館でぜひ見てほしいと思っている。

なおこの誰より人間味のある、無骨だが心優しい白熊のような男はその後、2013年5月、エベレストの新ルートを開拓中に転落してこの世を去った。それを知ってから彼の言葉を聞くと、より感動が増すだろう。

なお「平気平気、噴火なんてしねーから」と専門家も呼ばずに火山の影響を無視して川内原発再稼働を決めた規制委員会の担当者たちは、山をなめきっているその態度を改めるべきであると、当サイトでは判断する。よって、本作を100回自費で見て猛省することを、ここに厳しく命じておく。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.