「幻肢」70点(100点満点中)
監督:藤井道人 出演:吉木遼 谷村美月

本格ファンのための映画

ミステリ作家・島田荘司が育てたり、世に出したり、あるいは影響を与えた作家・作品は数多い。その中には映画化されているものもあるというのに、当の本人の作品が映画化されるのはこれが初めてである。

交通事故にあい、病院のベッドで目覚めた医大生の雅人(吉木遼)は記憶障害を起こしていた。親友の亀井(遠藤雄弥)のことはよく覚えているというのに、恋人の遥(谷村美月)のことは何一つ思い出せない。そんな雅人に亀井は二人で研究していた最先端治療を施すことを決めるが……。

いったい事故のとき何が起きていたのか。周りのよそよそしい雰囲気はなぜなのか。観客の好奇心を刺激しながら物語は進んでいく。退屈とは無縁だ。私は本作で、久々に作り手と観客のガチのだましあいを堪能した。

なにしろこいつは、あの島田荘司が映画化を前提に書き下ろした小説が元になっている。そのフェアネス精神についてはお墨付きであり、絶大な信頼感のもとに安心して騙されることができる。本格ファン以外にとっては何をいっているのかさっぱりわからない文章かもしれないが、ミステリ好きならきっとわかってもらえると信じる次第である。

確かによくよく考えると動機だとか、こんなことを許す学校なんてないよとか、二人の両親の不在とかいろいろ突っ込みどころはあるのだが、それをまったく感じさせない監督の演出センスもいい。

これは、単に映像でごまかすという意味ではなく、「そちらの要素はこのミステリを楽しむためには不要ですから、気にせずご安心ください」と伝わってくるうまさ、である。

結果、私たち観客は作り手が仕掛けたトリックに集中して楽しむことができる。

恋人役、谷村美月のキャスティングも正解で、一見そのへんにいそうな親しみやすさをもちながら、独特の透明感と神秘性を兼ね備えたこの女優の個性はこの役柄に必要不可欠。彼女がでてくるシーンすべてが思わせぶりで、かつ謎解きのヒントそのものであるから興味を引き続ける。

途中では、心臓が止まるような仕掛けもあり、そこから観客はこの映画のジャンルを見失いかけるだろう。低予算だが、本当によく工夫された、良質なエンターテイメントである。

それにしても、やはり本格の原作はいい。これまでなぜ島田荘司を映画にしなかったのか。本人の意向なのか単に穴場になっていたのか、私にはわからないが、今後原作者が許すならば、本気で邦画界に参入してきてほしいものである。



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