「オール・ユー・ニード・イズ・キル」85点(100点満点中)
監督:ダグ・ライマン 出演:トム・クルーズ エミリー・ブラント

チャラ男トム・クルーズのゲームブック人生

日本原作の超大作がこの夏は続くわけだが、圧倒的イチオシの「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は、原作要素を大幅に改編した大胆さが功を奏した。

近未来、異生物による侵略を受けた人類は、空爆が効果を上げない敵に対し重武装の歩兵で対峙していた。戦況は芳しくなく、民間人へのプロパガンダを受け持っていたウィリアム・ケイジ少佐(トム・クルーズ)まで最前線におくられることになったが、戦闘訓練を受けていないケイジは戦闘開始数分で戦死する。だがその瞬間、彼は出撃前日の朝へとタイムリープしているのだった。

桜坂洋のライトノベルがハリウッドの予算178億円の超大作になるときいて、これはとんでもないジャパニーズ(?)ドリームだと思ったものだが、実際に読み比べてみると、ストーリーも舞台もビジュアルもほとんど映画オリジナルで、タイムリープのアイデアを拝借して好き放題つくりかえたという印象である。だがもちろん、それでもこの傑作映画の根幹が原作にあることは事実で、それはたいへん誇らしいことだ。

主人公のトム・クルーズ氏は、なぜだかわからないが死ぬたびに出撃前日に戻る。記憶を受け継いでいるからタイムリープを繰り返すたび、戦闘スキルは上がる一方だ。何しろ次にどちらから誰が攻撃してくるかがわかるのだから、古典的なアクションゲームをクリアするように、徐々に先へと進んでゆく。武力で圧倒される人類軍だが、そのかすかな希望として執念の反撃が開始される。じつに燃えるストーリーである。

とはいえ一人ではどうにもならぬ状況もあり、仲間を救えば別のフラグが立ち戦死するなど、簡単にはいかない。そんなとき出会うのが、人類軍の救世主、最強の兵士リタ・ヴラタスキ(エミリー・ブラント)。自分の能力を誰にも信じてはもらえないが、英雄である彼女を味方につければ、事態を打開できるのではないか……。

とにかく先が楽しみで、ワクワクドキドキ。謎が徐々に解ける様子はまさにゲームブック感覚。まさに、時をかけるトム・クルーズである。

それにしても、死ねばリセットという単純なアイデアを、人類滅亡の危機たる戦闘の前日に配置するだけでこれほど面白い話が出来上がるとは。なんだか盲点を突かれた思いである。

なにしろ空想ものとしてはシンプルでリアルである。やってないとトボけた翌日に証拠をつかまれ、青くなって公開土下座させられる都議(特技・野次)をはじめ、1日でも戻れたらどんなにいいかと、誰もが一度は思うはずである。

激しい戦闘映画ではあるが肉体破損の残酷シーンはなし。一か所主人公がひどい目に合う場面があるから中学生以上の鑑賞を推奨する。

時のすれ違いを利用したちょっぴり切ない恋愛風味もあってそちらも結構楽しめるが、このハイテンポでそれなりに説得力をだせるのは主役が大スターだから。原作と異なるラストも彼だから許されるといった印象。各所の強引な展開もまたしかり。

最初はチャラ男だったトム・クルーズが、初陣ながら徐々に古参兵の表情になるところなど、演技も適格、文句なしだ。兵庫県議会の常軌を逸したウソ泣きを見せられて鑑識眼がくるってしまう前の評価だから、これは信用してもらっていい。

人類滅亡の危機を前に、感情ではなく論理的思考をかたくなに実行する登場人物たちが何と言っても気持ちがよい。ここでは究極の軍隊的行動原理というか、無駄なく計算しつくされた動きをしないと即死リセットになる。このロジカルなパズル要素が、ミステリ好きにはたまらないところだろう。

今年の夏映画は、日本初ハリウッド映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」をまずはイチオシ必見作と認定する。



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