「サカサマのパテマ」40点(100点満点中)
監督:吉浦康裕 声の出演:藤井ゆきよ 岡本信彦
アイデアに振り回されている
最近、アニメーション映画が好調である。映画館のアベレージ成績では興収1位の大作を上回るほどの成績をあげることも珍しくなく、映画業界でもそうとう力を入れてきている。実写映画ではほぼ必須となりつつある「有名原作」や「有名タレント起用」がなくとも、十分な集客を見込めるという点が特徴的で、これはアニメーション映画のファンが日本で一番「まっとうな」観客層であることを示していると私は考える。
そうした観客に支えられているから、「サカサマのパテマ」のように意欲的なオリジナル企画が立ち上がる。「イヴの時間」が高評価を得た吉浦康裕監督による、不思議な世界観をベースにした純愛物語だ。
かつて異変がおき、人々が「空に」落ちていったアイガ国。やがて時は過ぎたが、いまだに人々は空を忌み嫌っている。そんな中、大空を見上げるのが好きな変わり者の少年エイジ(声:岡本信彦)は、ある日崖下から空へと「落ちてきた」少女パテマ(声:藤井ゆきよ)を救う。彼女は重力の方向が正反対な地底世界の住人だったが、二人は心通じ、やがて惹かれあう。だがアイガ国の治安警察が、そんな二人の交流を許すはずがなかった。
吉浦康裕は80年生まれの若い監督で、アニメーションならではの絵的な面白さを生かした「さかさま」世界観と、「目の前にいるが絶望的にすれ違っている人間関係」を重ね合わせる、いかにも現代の若者的なアプローチを本作で見せている。大勢どころか二人で食事をしていてもスマホで別の人とコミュニケーションしているいまどきの光景が、本作を見ていると思い出される。見た目は同じ人間だが、エイジはパテマへの理解が致命的に不足している。それにやがて気づき、二人の関係がどう進化するか。そこが最大の見どころというわけだ。なかなか面白い。
こうした作風は監督の若さによるもので、たいへん好ましいが、副作用としてまだいくらか荒っぽい部分も目立つ。
たとえば、観客の視線誘導がうまくないという点があげられる。具体的に言うと、上記のテーマはよいのだが、観客の側はそれ以前にこの世界設定がややこしすぎて、終盤までサカサマの謎と法則のほうに気が散ってしまう。
同年に公開された「アップサイドダウン 重力の恋人」(12年、カナダ・仏)は、本作とよく似た世界設定を持つが、この点が圧倒的にうまかった。序盤でサカサマ世界のルールを伝えてしまい、あとは社会派&恋愛ストーリーに集中させる。ディテールやアイデアの完成度もはるかに高く、単純に世界観を楽しむこともできた。あれだけの傑作と公開時期が近いため、比較されてしまう点が「サカサマのパテマ」の不幸といえるだろう。実際、地上波のテレビ番組でそんな企画があって私もいろいろしゃべってきたが、両作品とも気になる人も多いだろう。
2時間一発勝負の映画ジャンルで勝負するならば、こうしたファンタジーの場合、観客の視点を誘導して整理してやることが大事。それこそ、監督が観客の立場にならないといけない。パテマとエイジの相互理解の方法と同じである。ただし、DVD化後を見据えた場合、繰り返し楽しめるよう、あえてわかりにくいままにする手法もないわけではない。とくにアニメーション作品にはよく見られる。
あとは、二人が中学生なら性的な意識というのはあるはずで、そこを原動力にこの世界の法則を試行錯誤するくだりがあってもいい。最後の逃亡アクションにしても、二人が二重重力の達人になっていれば、それを切り札に治安当局を出し抜くスリルが盛り上がるというものだ。
ともあれ、この監督の着眼点はいいものがあるので、あと10歳くらい年を取れば自然に良くなりそうだ。次なる挑戦が楽しみである。