「清須会議」85点(100点満点中)
監督:三谷幸喜 出演:役所広司 大泉洋

コメディ仕立てながら本格的

近年では一部の大河ドラマなど、「本格」から離れたものは時代劇ファンから批判されやすい。先日紹介した「蠢動 -しゅんどう-」(13年、日)がみた人から高く評価されているのも、近年まれにみる本格時代劇であったからだろう。

だが、考えてみると時代劇とはもともと絵空事であるのだから、本来どんな素っ頓狂な作風であっても文句を言われる筋合いはない。

実際この「清須会議」などは、日本人に大人気の戦国武将ものでありながら合戦シーンはなし、それどころかカリカチュアされた有名武将たちがコントのような掛け合いを繰り広げる場面まであるなど、相当アバンギャルドな時代劇である。

だが、それでも本作は傑作であり、しかもガチガチの本格時代劇ファンがみても、きっと満足できるはずだと断言できる。絶賛される時代劇と酷評されるそれ。その分岐点はどこにあるのか、当記事で明らかにしていきたい。

天正10年、本能寺の変により後継者を失った織田家のその後を決めるため、清州会議が開かれることとなった。筆頭家老の柴田勝家(役所広司)と、光秀成敗の功労者、羽柴秀吉(大泉洋)双方が主導権を握るべく、根回しを開始するが話はそう簡単にはいかず……。

清洲会議は有名な史実だが、これだけで映画を作ってしまうというのも勇気がある。いかに歴史を動かした会議とはいえ、しょせんは話し合い。動きもなければ斬り合いもない。まじめにやれば退屈になりかねない題材である。

ところがそこは三谷幸喜監督。舞台劇風の題材はお手の物ということか、軽妙なコメディータッチでわけもなく観客を引き込んでいく。それもこれも、この日本史上まれにみる英雄たちがひしめく時代を、監督がうまくストーリーテリング上の味方に付けたからだ。

なにしろ登場する超有名武将たちの個性は、日本人なら誰もがよく理解している。歴史好きの三谷監督もまたしかりで、どの武将にどの役者を配し、どんな役作りをさせ、どんなセリフでからませれば笑えるか、完全に把握している。そうした観客の反応と感情を、三谷監督は確信的にコントロールしている。

それはまさに自信満々というべきもので、おそらく彼はこの映画が、歴代の自分の監督作の中でもっとも観客に支持されるであろう手応えを感じているはずだ。

なんといってもこの映画には、冒頭の背景説明のくだりやナレーション、テロップ、登場人物紹介のようなものが一切ないのである。これまた、歴史映画を作る監督にとっては相当勇気がいることである。

映画ならではの決まり事とは異なる舞台劇出身だからということもあろうが、三谷監督はこれほどまでに自信をもって映画作りをするようになった。

一見おばか風仕立てながら、そこで繰り出される笑いには時代劇ファンの琴線をくすぐる仕掛けが満載。柴田勝家とお市(鈴木京香)のかけあいなどは、お市の経歴とその後の運命を知る歴史ファンほどほほえましく、そして笑えるであろう。彼女にお歯黒のメイクをさせるというのもインパクトがあった。たとえ本格時代劇であっても、考証的には正しくてもあまりしないのが通常である。

大泉洋演じる秀吉もいい。こちらを警戒させずに懐に入り込み、いつの間にか支配されているこの天下人ならではの人身掌握術を疑似体験させてくれる。秀吉の有能さ、リーダーとしての凄みというものを十分に味わえる。大河ドラマが1年間かけても出せなかったものを、このおちゃらけた映画が見せるのだから痛快である。

もっともすばらしいのは鑑賞後感で、清須会議の行方と駆け引きではらはらさせ、笑わせながらも非常に切ない気持ちで映画館をでることができる。

これほど気持ちのいい連中が、その後どういう運命をたどったに思いを馳せると、国を治めるということがどれほど私情とは裏腹に、つらい決断をしなくてはならないものかがひしひしと伝わってくる。

その後、義にこだわる柴田勝家は滅亡し、幾多の武将の寵愛を受けたお市も人生の最後に彼と運命をともにすることを選ぶ。秀吉と勝家、どちらが正義というわけではない。強いていうならどちらにも正義はあった。互いに理解も尊敬もあったろう。それでも相手の命を取らねばならぬときがある、それが政治というものである。その切なさをこの映画は見せてくれる。

むろん映画のストーリーはそこまで描かず、説明すらしていないわけだが、青い空のアップショットはちゃんと観客にそうした感情を伝えてくれる。

時代劇ファンが求める「本格」とは、ルックスではなくそこで描くテーマにこそある。それをこの、おバカしたての時代劇は実証して見せた。

この時代と武将についての予備知識はある程度必要で、かつ思い入れが強い人ほど楽しめる。三谷監督らしい、年末年始にぴったりな良質な時代劇である。



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