「トラブゾン狂騒曲 〜小さな村の大きなゴミ騒動〜」60点(100点満点中)
Der Mull im Garten Eden 2013年8月17日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 2012年/ドイツ/98分/デジタル/1:1.85 配給:ビターズ・エンド
監督:ファティ・アキン 撮影:ブンヤミン・セレクバサン、エルベ・デュー 編集:アンドリュー・バード 音楽:アレクサンダー・ハッケ

まるで日本

住民の反対を押し退けゴミの処分場が建設されてしまう──。トルコの名もなき村でそんな騒動が起きていたなんて、この映画を見なければ一生知ることはなかったろう。もっというならば、ファティ・アキン監督がこの村にルーツを持ち、故郷が汚されるのをいてもたっても居られずカメラを回すことがなければ、である。

このドキュメンタリーは、90年代半ばに計画されやがて建設、運用、そして寿命を迎える直前までのあるゴミ埋め立て処分施設について、足掛け5年にわたってその顛末を追いかけた記録である。

見るといろいろなことがわかるが、興味深いのは一つのゴミ処理場ができると、すべてがリンクして次々とダメになるという一連の流れ。たとえば集められた大量のゴミを、どこからともなくやってきた鳥の大群があさりはじめる。やがて鳥たちはそこいらじゅうにフンをする。すると村の特産品だった茶畑もフンだらけになって壊滅する、といった具合だ。

そして、こうした「迷惑施設」とともに生きる住民たちの話を聞くうちに、日本人はある事に気づくだろう。ああ、これは現在の日本と同じではないか、と。

ゴミ処理場側のつれてきた「専門家」が「深刻な事故は絶対に起きません、万が一の際の汚染水漏れについても、対策ばっちりで安心です」と語る。

そんなもの信用できるかと、住民たちがたくさんの科学的証拠と論拠を示して戦っても結局法廷では敗北。若者たちは村の将来に絶望して町を去る。気づいてみれば、利権にあずかれる人間以外にメリットなど一つもなく、村おこしどころか滅亡への片道切符だったのだと後になって皆が知る……。

これは、今となっては法整備や民度の低いどこか後進国の話ではないと誰もが知っている事実だ。

いったい鳥のフンで汚染された茶葉はどこへ行くのか。みたところ、その後もお茶は生産されている。映画はなにも語らないが、ここで出荷される製品茶と、日本のあの県の農産物が抱える問題は、本質的に同じではないのか。

はたしてこのチャンブルヌ村のゴミ処理場問題は、どんな結末を迎えるのか。

そこからは、私たちが原子力発電所といいうものをどうとらえていくべきなのか、いくつかの教訓を得ることができるだろう。おそらくこの映画を買ってきて配給している人たちも同じ思いを持っているに違いない。監督自身がそこまで意識しているのかは知らないが、これは日本人こそ見るべき、私たちの予言書である。



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