「箱入り息子の恋」75点(100点満点中)
BLINDLY IN LOVE 2013年6月8日(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国公開! 2013年/日本/カラー/117分/配給:キノフィルムズ
原案:マックス・マニックス 監督・脚本:市井昌秀 共同脚本:田村孝裕 音楽:高田漣 キャスト:星野源 夏帆 平泉成 森山良子 穂のか

非モテ層に推奨したい良質純愛映画

インターネットでは「女叩き」といって、やけに女性に手厳しい論調が目立つ。男にとって結婚は無駄だとか、一人でいるほうが気楽だというわけだが、書き込んでいるのはモテない中年と、それに引っ張られている知ったかぶりのモテない少年たちといった雰囲気である。

むろん、こうした考え方の背景に長引く不況があることは間違いない。男たちは金がないからそういう気持ちになるのだし、女たちも金がないから専業主婦志向が強まる。男たちはそれを寄生虫だと批判するが、どちらにも余裕がない、生きにくい時代ということであろう。

そんな人々に私は「箱入り息子の恋」を贈りたい。この素晴らしいラブストーリーは、終盤に少々監督の遊び心が過ぎる欠点はあるものの、演出の的確さ、ツボを外さない笑いとそれに伴くキャラクターへの共感によって、かなり出来のいい「非モテ」向け恋愛ムービーとなっている。

市役所に勤める35歳童貞・健太郎(星野源)。友達も恋人もいない、人付き合いというものをせず、出世欲もないそんな息子を見かねた両親は、ムリヤリお見合いをさせることに。当日やってきた奈穂子(夏帆)は写真よりはるかに美しく、彼らを驚かせる。だが一つ、問題があった。彼女は盲目だったのだ。

このお見合いのシーンから大笑&感動である。とくに緊張しまくりの父親が全部質問を代返したりといったコミカルなやりとりは、ベタながら父親役・平泉成の的確な演技によって楽しく仕上がっている。

障がい者の娘を守るため高い壁となって立ちふさがる相手の父親(大杉漣)と主人公のやり取りもすごい。主人公が世間的に言うダメ人間であることを見抜いた父親からの攻撃は容赦なく、多かれ少なかれ似たような境遇にあるであろう非モテな男性客たちがこれを見たら、きっと心が折れてしまうことだろう。

だがここで主人公は、必死の反撃を見せる。こんな息子でもこの上なく深い愛情を注いでいるその両親も、すべてをさらけだしてそんな息子を防衛する。

これはまさに全力の格闘戦だ。それも圧倒的不利な、何も持たないものの戦いだ。たいへんな緊迫感を感じさせると共に、深い感動を味わえる名場面である。この時点で本作が、並々ならぬ傑作であることを予感できるだろう。

バックヌードの濡れ場も頑張って演じた夏帆もいい。このお見合い場面における表情の変化は天下一品で、どこからみても全盲にしか見えない。そして、だれよりもピュアな心を持つ人間であることも一目でわかる。これには圧倒された。

二人はやがて、牛丼店やたちそばなど、20年前のホットドッグプレスに掲載されていた外し技的なデートコースで仲を深めていくが、いまどきこんなのが成立するシチュエーションはそうそうない。なかなか新鮮である。そうしたコースを要求するヒロインがこれまた夏帆の顔なのだから、これは最強の萌えムービーであろう。

ヒロインだけでなく、両方の母親の女としての迫力、愛情も堂々と描いている点が物語に深みを与えている。人間は、大勢に愛されて生きているのであり、それはどんなに些細に見える存在であっても変わりはない。そんな、忘れがちな主張が泣かせるのである。

唯一の問題は、ラストの告白場面が変化球、それも相当な魔球である点にある。設定、代理お見合いという出会い、初体験ED等々、ひねりにひねったストーリーなのだから、最後はもうドストレートですんなり終わらせてよかった。そのほうがすっきりするし、気持ちよく泣いて帰路につくことができる。たとえ二人の行く末をああいう落ちにしたとしても、だ。

とはいえ、お見合い場面の役者たちの演技、演出。あれだけでも十二分に見ごたえがあるし、夏帆の魅力も相当なもの。全体的な満足度は高い。



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