『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』 60点(100点満点中)
BEASTS OF THE SOUTHERN WILD 2013年4月20日(土)シネマライズ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー他公開! 2012年/アメリカ/カラー/93分/配給:ファントム・フィルム
監督:ベン・ザイトリン  原作戯曲:ルーシー・アリバー  脚本:ルーシー・アリバー、ベン・ザイトリン  キャスト:クヮヴェンジャネ・ウォレス ドワイト・ヘンリー

逆境からいかに立ち直るか

何度ケンカしても、いつの間にか元に戻るカップルがいるが、ほとんど年中行事になっている場合もあるので喧嘩中は仲が悪いように見えても、軽々しく「別れたら」などとアドバイスをしない方が良い。死ぬか生きるかの騒ぎでも、翌朝にはケロリとしているのがいつものパターンである。

しかしそんなしなやかな関係でさえ、限度を越えれば壊れることもある。『ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜』はそんな「壊れるはずのないものが壊れたとき」どうすればいいのか、その対処のヒントとなるかもしれない映画である。

ここは文明による秩序がまだほとんど届かぬ小さなコミュニティ。誰が呼んだのか、バスタブ島と称されるこの場所で、6歳の少女ハッシュパピーは大地の生き物の声を聴きつつ元気に生きていた。ところがあるときやってきた激しい嵐は、ささやかな集落を水没させてしまうのだった。

無名かつ29歳の若い監督ベン・ザイトリンによる本作は、アカデミー賞4部門ノミネートの高評価を受けた話題作。世界を失ったとき、人々はどうすべきなのか。最も弱い少女の目を通してその再生と成長を描く物語である。

迫真の絵作りということもあり混乱しがちだが、これは現実とファンタジー世界をシームレスに設定した世界観の、いわゆるマジックリアリズムなどと分類される作品で、見慣れない人にとっては厄介な一本である。

具体的にいうと本作の場合は、現代アメリカのルイジアナ州が舞台ということになっている。だがそこにバスタブ島や、こんな暮らしの人々はまずいないだろう。何も知らずに見れば時代設定も場所もよく掴めず、どこかオーストラリアあたりの未開地ではないかと思ってしまうかもしれない。それほど彼らの暮らしぶりは、実感を伴い描かれている。

だが、いずれにせよファンタジーの1種であるから、社会制度はどうなっているんだかとか、福祉の手はどこに、といったことを考えるのは時間の無駄である。それよりも、主人公の父娘の心の動き、特に娘の成長に共感しながら見るのがわかりやすい。

100年の一度の嵐によって、バスタブ島は水没する。大地の声が聞こえるハッシュパピーは、この世が確固たる秩序によって回っていることを確信していたから、この災害に誰よりも衝撃を受ける。100年に一度の金融危機で秩序が崩壊したどこかの国の人々が、彼女に共感するのは当然である。

壊れたものは、決して元には戻らない。永遠に思えた彼氏の愛情も、古き良き繁栄の日々もまたしかり。

さて、そんな現実を前に彼女がどうするか、というわけである。彼女はさらに、自分にとって圧倒的なある存在をも失う。踏んだり蹴ったりである。

ここからが物語の本番である。かけがえのないもの、人を失ったとき、しかし少女は決して折れることがない。折れていては、先に進めない。たとえ手探りでも進むしかないわけで、その行動力こそが彼女を成長させるのである。

成長しようとする者に、神は施しを与える。それがワニのから揚げであり、その結果としてのラストシーンの彼女の力強い眼差しである。

終わってみれば何のことはないストーリーではあるものの、演技未経験とは思えないメインキャスト2人の演技力、実感ある物語世界など、極めて力強い映画である。

みる人を相当選ぶとは思うが、共感できる人は即お気に入りになるタイプの映画。もしあなたがその一人だと思うならば、ある程度作品世界を予習したうえで、思い切って見に行ってみてはどうか。



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