「天使の分け前」75点(100点満点中)
The Angels' Share 2013年4月13日より銀座テアトルシネマほかにて全国順次公開 2012年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア/101分/35mm/1:1.85/ドルビーデジタル、カラー 配給:ロングライド
監督:ケン・ローチ 脚本:ポール・ラヴァーティ キャスト:ポール・ブラニガン ジョン・ヘンショー

若者の失業問題と格差の世襲を背景にする骨太さ

イギリスのケン・ローチ監督は、常に労働者階級に寄り添う目線で、彼らが直面するさまざまな社会問題を描いてきたが、その確固たる信念はこのコミカルな娯楽映画「天使の分け前」にさえ生かされている。

スコットランドのグラスゴーですさんだ幼少時代を送ったロビー(ポール・ブラニガン)は、恋人の妊娠が判明した今も暴力事件を起こしてしまう始末。幸い実刑は免れ社会奉仕活動を命じられるが、そこで出会った指導員のハリー(ジョン・ヘンショウ)はウイスキー好きの気のいい中年男だった。理解者としてのハリーと出会い、ロビーは徐々にまっとうな道へと導かれてゆく。

天使の分け前とは、樽の中での熟成中、年に2パーセントほど蒸発するその減り分のことを言う。実にしゃれたネーミングだが、映画を見終わってみればそれ以上の意味、それも極めて重大な作品のテーマがここにこめられていることがわかるはずだ。

それは主人公たち、すなわち貧しい人々を救うのはその程度の「分け前」で十分なんだぞと、そういうことである。だれがその分け前を与えるべきかは、監督の念頭にはあるだろうし、それが行われていない苛立ちと怒りもこちらに十分伝わってくるが、決して明言はしない。じつに粋である。最近見た映画の中では抜群のタイトルといえる。

主人公は労働者階級の青年。暴力事件を起こして収監一歩手前、仕事はもちろん、住所すらないことが劇中やがて明らかになる。このあたりの説明を物語上の見せ場の中で自然に明らかにするあたり、ケン・ローチのセンスのいいところである。

具体的にはひどいリンチからハリーの助けによってなんとか逃げてくるスリリングな場面。ハリーも労働者であり決して裕福ではないが、その部屋に差し込む日差しはこれ以上ないほどに心地よく温かく描かれておりほっとさせる。スプリングバンク32年もの(1本数万円もするボトルだ)をロビーの長男誕生の報に喜び、迷わずふるまうハリーの優しさには思わず涙が出る。

持たざるもの同士が助け合う、その思いやりの価値は計り知れない。一気に見ているものたちの共感を集める見事なシーン構成である。

主人公が起こした事件の凄惨さを、こうして主人公と周辺人物にきっちり感情移入させた後で説明するあたりも、地味でいて正解だ。この順番を逆にすると観客のキャラクターへの印象ががらりと変わってしまう。

と同時に、貧しさが人を残酷にさせる過程を描くことで、一方だけをえこひいきしない公平性をアピールする。ケン・ローチが描くのは、偽善ではなく現実なのだというわけだ。

冷静に計算された、このような的確な脚本運びを味わうと本当に気分がよくなる。毎年何百本と映画を見ても、なかなか出来ない体験だからだ。

スコッチウィスキーの映画なのに監督以下、ウィスキー好きがほとんどいないという裏事情を知ると思わず苦笑してしまうが、ようするにそれは本作が元々ウィスキーをフィーチャーするための企画ではないということ。つまり監督と脚本家の描きたいことはほかにあり、それを一般向けの気楽な娯楽ドラマにするための舞台装置としてウィスキーを選んだに過ぎない。

傑作とは、こういう発想で作られた映画に多い。逆に、描きたいテーマがなければどんなに面白い題材を選んだところで中身のない凡作になるだけである。あえて作品名はあげないが。

本作は、基本的に金持ちがこっぴどい目にあうのを見て痛快さを感じられる人に向く。一部やりすぎな印象を受けるかもしれないが、考えてみれば現実では、労働者階級の犠牲の上に彼らはその何百倍もいい思いをしているのだからこれでいいんだと、そういうことなのだろう。

なお本作のメインキャストは、いつものケン・ローチ映画同様、プロではなく素人を起用。しかもロビー役ポール・ブラニガンは主人公とよく似た境遇で、幼い息子を抱え失業して自暴自棄になりかけていたときに採用されたという。この監督は、口だけでなくこうして自らの手の届く範囲で若者にチャンスを与え、ある意味その人生を救っている。

まさに有言実行。たいした人物である。



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