「フライト」80点(100点満点中)
Flight 2013年3月1日(金・映画ファーストデー)より丸の内ピカデリーほか全国にてロードショー 2012年/アメリカ/カラー/138分/配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン
監督&製作:ロバート・ゼメキス 制作:ウォルター・F・パーク、ローリー・マクドナルド 脚本:ジョン・ゲイティンズ キャスト:デンゼル・ワシントン ケリー・ライリー ドン・チードル

3つの楽しみが味わえる

一見立派に見える人でも、ときには英雄とみられるような人物でさえ、心に闇を抱えていることがある。品行方正、誰もが羨む理想的な人物といわれる私でさえ、悩みの一つや二つは持っている。

「フライト」は、偶然の事故から嘘を積み重ねてきた過去と向き合い、清算せざるをえない立場に追いやられるパイロットを名優デンゼル・ワシントンが熱演したドラマ。受賞はできなかったが主演男優および脚本賞にノミネートされた一本である。

アメリカ国内便の機長ウィップ(デンゼル・ワシントン)はベテランのパイロット。今日も恋人のCA(ナディーン・ヴェラスケス)と徹夜で飲み明かしたばかりだが、コカインで眠気を払い操縦席に座る。そんな状態でも誰より安定した飛行の腕前を持つ彼だったが、その日の機体には致命的な問題があった。

航空機パニックものとなる序盤の見せ場と、法律上の問題を避けられるかのサスペンスとなる中盤、そして一人の人間として良心を問われる終盤と、3つもの極上の見せ場とスリルを味わえる満足度の高い作品である。

近年は子供向けのモーションキャプチャーアニメが多かったロバート・ゼメキス監督だが、初期の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)をいまだ生涯ベストとあげる映画ファンも多いくらいで、実写映画を撮る腕前は折り紙付き。本作も、いきなりけだるいベッド上の男女から始まるオープニングからして度肝を抜かれる。演じるナディーン・ヴェラスケスの、30を超えているとは思えないアメコミのような迫力のプロポーションは、男性諸氏必見である。

デンゼル・ワシントンも相変わらず文句のつけようのな演技をしており、とくに終盤、神に力を与えてくれと思わずつぶやいてからのシークエンスには圧倒される。共感度100パーセントの、見事な場面である。

男たる者、社会で勝ち抜いていくには嘘も演技も必要である。家族に仕事、自らの望み。すべてをつつがなく進行させるためには、そうやって自分の周辺と感情をコントロールしていくものだ。

しかし、それが永遠にうまくいくとは限らない。一つのミス、あるいは不運がきっかけですべてが破たんしてしまうことも珍しくはない。そのとき、それまでの嘘に対峙し、つらい清算、損切をするときがやってくる。この映画は、その苦しみをじつに丁寧に、的確に描いて見せた佳作である。共感度100とはそういう意味だ。

そしてゼメキス監督が優しいのは、そうした男の選択に対してサプライズをちゃんと準備しておく所だ。みっともなく息子を抱きしめる中盤の主人公が、その重要な伏線となっている。

この映画を見ると、24時間気を抜かずに自分の世界を構築しているこの映画の主人公のような人々は、大いに気持ちが楽になり、癒されるに違いない。

こうした優れた演技と人間ドラマが空振りで、無駄肉ばかりでふくらんだストーリーが脚本賞をとったり、意外性のない演技が主演賞をとったりするのだからアカデミー賞ってのも当てにならない。



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