「ゼロ・ダーク・サーティ」65点(100点満点中)
ZERO DIRK THIRTY 2013年2月15日(金)よりTOHOシネマズ有楽座ほか全国にて公開 2012年/アメリカ/カラー/158分/配給:ギャガ
監督:キャスリン・ビグロー 脚本:マーク・ボール 出演:ジェシカ・チャステイン ジェイソン・クラーク
社会派ドラマか、プロパガンダか
現職の再選が危ぶまれる大統領選挙の年に、それも投票日の直前に現職大統領の最大の功績をヒロイックに映画化したものを公開する。
どう見ても言い訳のしようがない、完全無欠のプロパガンダである。それを違うと評する人間は単なる脳内お花畑なのであって、外の人間から見ればこれは失笑が漏れるほどの、ああまたやってるね、の世界である。
テロリスト関係者をとっ捕まえては拷問を繰り返すも、CIAはいまだオサマ・ビンラディンの行方をつかめずにいた。やがて赴任してきた若き女性マヤ(ジェシカ・チャスティン)は優秀な情報分析官だったが、CIAの拷問手法への風当たりが強くなってきたこともあり、彼女は別の形でオサマの居所をつかもうとする。だが、敵は常に上手であり、やがてCIAにも大きな被害が出てしまう。
CIA全面協力の、ウサーマ・ビン・ラーディン殺害事件の映画化である。監督は「ハート・ロッカー」(2008)でアカデミー賞をとったキャスリン・ビグロー。「ハート・ロッカー」も巧妙なプロパガンダ作品であるから、これはもう真っ黒黒。そういうものなんだと思って楽しむべき、本年度最大の政治映画である。
むろん、こいつもアカデミー賞最有力候補だ。この監督の力量は相当なものであり、ほんの数年前に受賞していなければ、ほぼこれで決まりといえる本格的な出来栄えである。ちなみにライバル作品「アルゴ」(12年、米)も、CIAが命がけで駐イラン職員を助け出す、これまたヒーロー映画であるから、今年のアカデミー賞はCIAイヤーとなる可能性も高い。
ともあれ見てみると、丁寧かつ緊迫感のある、まるで優れたノンフィクションかドキュメンタリーのような出来栄えに目を見張る。爆弾テロと隣り合わせの仕事場という緊張感、巨悪を追いかける使命感、そしてクライマックスの襲撃シーン。どれも胸躍るスペクタクルで見ごたえ十分。映画としての出来は非常によろしい。
簡単に善悪をつけられないとの、いわば偽善を排した主張もあって、一見公平な作品のように見える。多くの批評家はこのあたりで満足するだろう。
ただ、これだけ慎重に作っていてもCIAの悪行を描く場面は驚くほど稚拙。明らかにタッチが異なるのがおわかりだろう。
たとえば肝心の拷問場面。ここは屈強なテロリストを相手にCIAのプロが、あらゆる残虐な拷問をしかけるという設定である。取材協力先からクレームがついたため、拷問描写が生易しいのはとりあえずここでは批判しない。問題は、このシークエンス全体から漂う嘘くささである。詳しくは見てもらいたいが、あんな形で屈強なテロリストが落ちるなんて言うのはおとぎ話以下のリアリティ。ほかは緊迫感があるのに、拷問関係のシーンはジョークかと思うほどバカバカしい。
ここはどう見ても真実とは思えず、何かを隠しているわけである。
いうまでもないが、作り手が真実を曲げた部分に、作品の真の成り立ち、正体が隠れている。となれば、これ以上は書くまでもない。
基本的にアメリカ側には悪人は出てこないのでアメリカ人は安心。そんな親切設計の「ゼロ・ダーク・サーティ」を、私はアメリカ政治に興味ある人に強くすすめる。共和党の反発から全米公開日は選挙後に変更されたが、2013年最大の政治的な問題作として、これは必見の一本である。