「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」60点(100点満点中)
LIFE OF PI 2013年1月25日(金)、TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開<3D/2D同時上映> 2012年/アメリカ映画配給:20世紀フォックス映画
監督:アン・リー 原作:ヤン・マーテル 脚本:デヴィッド・マギー ディーン・ジョーガリス 出演:スラージ・シャルマ イルファン・カーン ジェラール・ドパルデュー
ボートにトラと二人きり
漂流ものというのは、人気ジャンルというわけではあるまいが時折作られる定番ものである。「流されて…」(74年、伊)に「青い珊瑚礁」(80年、米)「キャスト・アウェイ」(00年、米)、最近では「東京島」(10年、日)などいろいろとある。
モノがあふれる現代人にとって、著しく物資が制限された状況下でのサバイバルは、もっとも実感しやすい非日常。映画があたえる興奮としては、理にかなっているというわけだ。
同時に、人にあふれた都会に住むものとしては、ブルック・シールズのごときかわいこちゃんと二人きりで無人島生活というのは、この上ない幸せな妄想、理想郷といえる。
しかし半裸のミラ・ジョヴォヴィッチ15歳ならいざしらず、一緒に漂流するのが首輪のない虎というのは嬉しくない。「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」は、まさにそのベンガルトラと、ちっぽけな非常用ボートで漂流する羽目になった男の物語である。
インドの動物園で生まれ育ったパイ(スラージ・シャルマ)は、16歳のとき、家業の動物園ごとカナダに移住することに。ところがその貨物船が激しい嵐に遭遇してしまう。
到底考えられないとっぴなシチュエーション。だからこその様々なエピソードは観客の予想をときに裏切り、超えてゆく面白さがある。何しろ舞台となるのは全長数メートルの簡易な救命ボート。もちろん、その船底には非常食や水、重要なサバイバルグッズが積まれているわけだが、問題はその上に鎮座するトラである。
もう少し小さければかわいい猫ちゃんですむが、共存するにはいささかこいつはデカすぎる。それ以前の問題として、あちらからするとこちらは餌である。一刻も早く何とかしないといけない。
さて、こんな時あなたならどうするか。戦うのか、逃げ出すのか、それとも……?
できることは限られている。何がしかのお助けアイテムもない、あるのは時間と頭の中の知恵だけだ。主人公パイはそんな逆境の中、見事な機転と粘りをみせしぶとく生き残っていく。実にユニークで、かつ心躍る冒険物語になっている。
「ハルク」(2003)など娯楽大作も手掛けてきたアン・リー監督は、この物語を少々ファンタジックな演出を織り交ぜ描いてゆく。鯨に出会う場面や、後半に出てくるある場所での出来事など、この世のものとは思えない幻想的な映像美でみせてくれる。
このメルヘンぽさがちょっと苦手な人もいるだろうが心配はいらない。そうした演出には論理的な理由があり、最後まで見ればそれはわかる。この映画は、一度目と二度目では観客の感じ方が大幅に変わり、それでも感動するようになっている。
この映画にでてくる虎は、当然ながらCG。これは当たり前の話で、そうでなかったら撮影2日目から主演男優のほうをCGにしなくてはならなくなる。
で、このCGトラの出来ばえはかなりよく、映画「ナルニア国物語」シリーズのしゃべる変なライオンを担当した専門会社が、あれを超えようと腕によりをかけて生み出した。陽光の元で展開する場面が多い映画なので、多少暗い眼鏡を使った方式の3Dでもなんとかみられる。
ともあれ、異色のサバイバル劇として、まずは楽しんでいただきたい。しかしその根底には、なかなか教訓的なテーマが隠されている。非現実的な話だが、なにより現実的な話だったということがじきにわかるだろう。
導入部が長く、宗教・説教臭い弱点はあるが、ボートがさっさと流されてくれた後は退屈せずに見られる。子供には少々ショッキングな描写もあるにはあるが、この結末に託された意味をしっかり伝えてくれる大人と見れば大丈夫だろう。