『人生の特等席』75点(100点満点中)
Trouble with the Curve 2012年11月23日(金)より 全国ロードショー 2012年/アメリカ/カラー/??分/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:ロバート・ロレンツ 脚本:ランディ・ブラウン 製作:クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ、ミシェル・ワイズラー 出演:クリント・イーストウッド エイミー・アダムス ジャスティン・ティンバーレイク
古き良きアメリカ映画
洋画が人々の話題に上らなくなってから久しい。なぜ人々は洋画、とくにアメリカ映画を見に行かなくなってしまったのか。字幕を読むのが面倒だからか、日本映画のほうがよくできているからか、それとも韓流の方が好きだからか。
これは、シャレオツな芸能人たちがそろって同じ日のブログにサムゲタンの感想を書くのと同じくらい解明困難な謎であるが、私に言わせれば「アメリカは憧れの国ではなくなった」がファイナルアンサーとなる。
日本人にとって今のヤンキーは、人の家に勝手に上り込んで少年に暴行するとか、電車にのぼって感電するとか、そういうみっともないイメージしかない。自国の労働者を際限なく搾取して、挙句の果てには他国の富も奪い放題、そんな悪印象ばかりの国の文化を楽しめというほうが無理というものだ。映画作りや配給する人たちに罪はないので、恨むならブランディングで失敗し続けている本国のプロパガンダ発信担当部署や、統制のとれない在外軍人たちを恨めというほかない。
とはいえ、それでも『人生の特等席』のような優れた映画作品を見ると、アメリカよしっかりしろと励ましたくなる気持ちがいまだ残っているわが身の心優しさを実感する。
この映画はクリント・イーストウッドが監督をせず主演をする19年ぶりの作品で、俳優引退を撤回させた脚本も話題である。ロバート・ロレンツ監督はイーストウッドの長年の右腕スタッフで、その初監督作品に大スターが全面協力する形になった、彼らの友情を感じさせる一本にもなっている。
かつて大リーグ一の名スカウトといわれたガス(クリント・イーストウッド)も、寄る年波には勝てず最近は視力の低下と成績の悪化に悩まされている。データ野球全盛の現在では、タイプライターひとつ使わないアナログな手法も、後進にバカにされるだけだ。そんなクビ寸前のガスをみかねた娘のミッキー(エイミー・アダムス)は、頑固に拒否する父親を無視して半ばむりやりスカウト出張についていくが……。
さすがに飽き飽きしてきたアメリカ映画の家族(父娘)ものだが、これはかなり良くできた部類。イーストウッド初の野球映画で、ハリウッドの常として試合シーンに手抜きはなく見ごたえ十分。大評判だったブラッド・ピットの「マネーボール」に真っ向から対決するような、昔ながらのやりかたにこだわる頑固一徹な男をイーストウッドが魅力たっぷりに演じる。
こうした不良老人は得意とするところだと思うが、本作には彼が堂々と肯定する形で古き良きアメリカの姿がたくさん出てくる。
それは郊外の野球場ののんびりした風景だったり、成功を夢見る貧しい若者の純粋な姿だったり、ジャンキーだがうまそうな料理だったりと多岐にわたる。現代的な大都会を舞台に、生き馬の目を抜く弁護士業界で出世にいそしむ娘と対比することで、そうしたものの魅力をさらに強く感じさせている。キャラクターたちの服装も、どこか昔を感じさせるデザインのものが多い。
主人公が、球団のお偉方の前でも臆せず堂々と意見を主張するクライマックスの場面は、確固たる信念で突き進んだ迷いなき時代のアメリカ賛美そのもの。これには思わずぐっとくる。じつに格好いい。
終盤、新人を見つける急展開は少々ご都合主義的な感もあるが、今より昔のアメリカ映画のほうがよかったと感じている人にってこの映画は、久々に高揚感を与えてくれるはずだ。さすがはクリント・イーストウッドが惚れ込んだ物語というほかはない。