「希望の国」30点(100点満点中)
The Land of Hope 2012年10/20(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー! 2012年/日本=イギリス=ドイツ=台湾合作/カラー/133分/配給:ビターズ・エンド
脚本・監督:園子温 撮影:御木茂則 照明:松隈信一 美術:松塚隆史 出演:夏八木勲 大谷直子 村上淳 神楽坂恵
テーマがぼけている
かつて「美しい国」をスローガンに掲げた政治家がいたが、彼の選挙区支部では「美しい姉ちゃんの国」を目指していたようだ。デフレ克服のため金融緩和して金を回すとの政策には多くの国民が目を引かれたが、キャバクラに金を回して地元の景気を潤すとは、まさに有言実行。頼れる保守政治家といえるだろう。
一方、園子温監督は最新作に「希望の国」と名付けた。テーマは原発事故と放射能。「美しい国」に勝るとも劣らないシニカルなタイトルである。
東日本大震災の記憶も薄れぬ頃、長島県で酪農業を営む小野泰彦(夏八木勲)一家は再び大地震の悪夢に遭遇する。近くの長島第一原発もどうやら事故を起こしたらしく、警戒区域が指定されるが、小野家の庭にちょうど20kmの境界線が引かれてしまう。すんでのところで圏外になった母屋の中で、今後どうするか、妻(神楽坂恵)が妊娠したばかりの息子夫婦と泰彦はともに苦悩することになる。
まず最初に、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故後、立て続けに原発問題を映画で取り扱った園子温監督の心意気に敬意を表する。この国で、この題材で映画を作ることがいかに困難かは想像にあまりある。資金集め、公開劇場のブッキングなど、すべてが苦労の連続だったろう。園子温監督のような名のある監督がこのテーマに挑むというのは、それだけで価値がある。
以前、若松孝二監督がある場所で語っていたが、東電批判の映画を作ろうとしたら途中で企画にNGがでたという。その映画会社(あえて名は伏せる)の所有する不動産のテナントに当の東電関連会社が入っていたからではないかというのだが、そうした有形無形の圧力、抵抗があるのは事実であろう。
そうした状況をふまえての批評となるが、結果としてはかなり不満が残った。
おそらく園監督のねらいとしては、原発事故によってズタボロになった人間たちの心、そして家族関係を描くことでなにがしかの問題提起としたいのだと思うが、この作品の登場人物には共感できるポイントがあまりに少ない。
その理由を端的に言うと、この映画の主人公一家には愚か者しかでてこない。それにつきる。少なくともそう見えてしまう。同時に彼らを批判するキャラクターたちも、こんな日本人そうそういないだろうと思うような極端な人物が目につく。
愚か者だろうが乱暴者だろうが共感を持てるキャラクターづくりというのはできるはずだが、こと現実に原発事故が起きて2年もたつこの日本で、こういう無知かつエキセントリックな放射能恐怖症の人間たちを目の当たりにすると、真剣にこの問題を憂慮する身としてはイライラする。
たとえば、空間線量を測定するためのガイガーカウンターで野菜を測定していたり、父や娘が放射能の危険性に目覚める書籍の作者がアレだったりと、描写があまりにも痛々しい。これではまるで反原発派が馬鹿にされているようだ。こうなると放射能問題というよりはメンヘラの観察日記であり、テーマが変わってしまう。
もっとも現実の福島事故の際も、事故直後は専門家でさえ信じられない無知をさらしていたのだからこれぞリアルといえなくもないが、この映画の設定は福島事故を経験したあとの日本となっている。劇中で起きる原発事故がどこの原発かはわからない(架空だ)が、福島後の日本人がここまで無知なる右往左往をするとは考えられない。
この、場所を特定しないというのも問題だと思う。福島近くなのか、北海道か、それとも岡山か。具体的な地名を明らかにしないために、一家がどこまで緊迫した状況にあるのかがわかりにくい。結果、父親がとどまろうとする理由に無理があるように見える。
被災地から逃げてきた若夫婦が暮らすアパートにしても、そこがグラウンドゼロからどの程度離れているのか、方角はどちらかによって彼らの行いが180度違って見えてしまう。極端な話、放射能を極度に怖がる若夫婦が移住した場所が、いわゆるホットスポットに移住したのか、あるいは安全地帯なのかでこちらの認識は大きく違ってしまうわけだ。
こうした位置情報を観客に渡さない理由はなにもない。つまり作劇上、なんら効果がある演出とは思えないので、これは単に現実の原発立地の人たちの感情に配慮したか、よけいなトラブル防止かのどちらかなのか。演出家として弱気な態度とみられても仕方がないと思うがどうか。
結論として、「希望の国」は、原発問題を真剣に考え、勉強している人がみてももどかしいばかり。決して我が意を得たりとならないところが残念である。かといってニュートラルな人がこれを見て、原発や放射能について理解を深めたり、興味を持つとも思いがたい。どういう人に勧めたらいいのか、ちょいと考えてしまう。
物語の設定をもっと具体的にし、場合によっては実在の原発や自治体を舞台にする。その上で知性ある登場人物にベストをつくさせ、それでもどうにもならない現実をみせつける。そこまでやって初めてタイトルの「希望の国」にこめられた皮肉が機能する。ただしそうなると、出資者や公開劇場は相当限られてくる。厳しいジレンマだ。
影響力のある園子温監督作品だけに辛口になってしまったが、彼には引き続きこのテーマをほりさげていってほしい。私としても、とことんつきあう所存である。