「テイク・ディス・ワルツ」45点(100点満点中)
Take This Waltz 2012年8月11日、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー 2011年/アメリカ/カラー/116分/配給:ブロードメディア・スタジオ
監督・脚本:サラ・ポーリー 撮影:リュック・モンテペリエ キャスト:ミシェル・ウィリアムズ セス・ローゲン ルーク・カービー サラ・シルヴァーマン
男女で評価が分かれるスリリングな女性映画
いまは世界中が不安定な時代である。こういうときにはそこに生きる人間も不安になるのか、最近はメンヘラ女子などという言葉まで生まれるほど、精神的に病んだ人々が増えている。「テイク・ディス・ワルツ」は、そうした気質の女の子の悩みや行動原理を、極めてリアルに描いた珍しい映画。理解するためには、現代的な感性が必要となる作品である。
フリーライターのマーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)は、取材先でダニエル(ルーク・カービー)という青年に出会う。自分の心を的確に言い当てる彼に好意を持った彼女は、タクシー相乗りで帰宅しようとするが、驚くべきことにダニエルは向かいの家に住む隣人だった。結婚5年目のルー(セス・ローゲン)とは変わらず仲良しだったが、その日以来マーゴの心はさざ波に揺れ始める。
映画の前半は、ごく普通の恋愛ドラマのように進行する。取材先で出会った男の子と偶然隣人だったというロマンチックな展開。夫がいながら新しい男にひかれていくさまが、スリリングに描かれる。
はたからみれば理想的な夫婦関係なのに本人には何か気に入らない部分があり、よりにもよってよそ様にときめきを求めてしまうのが、まさにメンヘラ気質というもの。ここらでまともな感覚を持つ男性陣なら、微妙な違和感を感じてくるはず。
さて、ヒロインが精神的に不安定なだけに、また夫があまりにいい人なだけに、彼女が浮気をしてしまうのでは、という点がスリルを生む。これは現実の恋愛も同じで、情緒不安定な女性が案外モテるのはじつはここに要因がある。恋愛の駆け引きを楽しみたい男は、そうした女性を常に選ぶのである。放っておくと彼女の心が離れてしまうかも、浮気されちゃうかもというのは、誰にでもできる手軽な娯楽、味わい深いギャンブルの一種である。
空港での会話でヒロインが、「自分は飛行機の乗り継ぎが怖い。怖いと思うことそれ自体が怖い」などと言うのは、この女性が典型的な情緒不安、メンヘラ気質である証明である。演出的にはここでいう「乗り継ぎ」に、当然男性を乗り継ぐ恋愛遍歴、という意味も込められていよう。これはそういう女性のお話ですよと、最初に観客に示しているわけである。
だからこの映画には、こうした病気まではいかないがそこに近づいている不安定な人間、が何人も出てくる。
たとえば夫の姉はアルコール依存症だが、これはそのままヒロインの鏡のようなキャラクターだ。マーゴはアルコールの代わりに恋愛に依存している。だから終盤意外な展開になったとき、マーゴが彼女と再会するシーンが用意されるのである。ここでの会話が、2人が同類だったことを観客に明らかにする。
この映画が面白いのは、このように綺麗ごとを排した今どきのオンナの本音が見えるところである。そしてこの映画が恐ろしいのは、女の選択や物語の行く末自体が、倫理や論理性、ストーリー的なおさまりの良さといったものを無視した、全く予想外のところに転がってゆくところである。
だがしかし、それは極めてリアルに見える。そこが思わずぞっとさせる。こうした感想は男性限定かもしれないが。
リアルといえば、主演のミシェル・ウィリアムズの体当たりの演技。シャワーシーンから濡れ場まで、ヘアもお尻も全部見せてくれる。あんなに美人なのに少々残念な体型がまた何ともリアルな女そのものである。
そんなわけでこの映画は、見る人(そして性別、とくにメンヘラな女性に苦労させられた経験の有無)によって全く評価が分かれるものだ。
具体的には、主人公に共感できる女性が見ればそれなりに自分の言いたいことを好意的に描いてくれた心地よさを感じられる。しかしそうした女性に痛い思いをさせられた男性にとっては、この映画のヒロインの行動一つ一つが見ていてたまらなく辛いものがあるだろう。
恋愛ドラマながらカップルで見るには難しい、いや、あるいはだからこそ挑戦しがいのある映画、と言える一本か。