「ニッポンの嘘〜報道写真家 福島菊次郎90歳〜」40点(100点満点中)
2012年8月4日(土)より、銀座シネパトス、新宿K's cinema広島サロンシネマほか全国順次ロードショー 2012/日本/114分/カラー/デジタル 配給:ビターズ・エンド
監督:長谷川三郎 朗読:大杉漣 撮影:山崎裕 プロデューサー:橋本佳子・山崎裕

素材はいいが、それだけでは不足

ドキュメンタリーが難しいのは、良い素材を撮れば傑作になるとは限らないからである。

その素材を、何をテーマにして編集するか。その作り手の想定するテーマと、観客の興味が一致した時にドキュメンタリーは初めて傑作となる。素材が良くても編集が良くてもそれだけではだめだ。そこに時代性や、世間の求めるものとの幸運な一致があるかないかが大事な要素となって関わってくるのである。

その意味で「ニッポンの嘘〜報道写真家 福島菊次郎90歳〜」は、最後の部分でわずかなズレが生じてしまったなと私は感じた。

今回主たる被写体となるのは、報道写真家の福島菊次郎。胃癌を患い体重37キロという。見るからに人生の最期を想起させる90才の男。だがこの小柄な老人は、おそらく現存する日本人の中でも、1、2を争う程の反骨精神を兼ね備えた生粋の戦士である。

戦後の広島の被爆者を撮ったことからキャリアをスタートさせた彼は、時代を象徴する被写体たちを追いかけた。一貫しているのは日本という国家への反骨精神。その犯罪的な体質や嘘を常にヴェールの向こう側から引っ張り出し、世の中へ見せつけるというスタンスである。

だから90を超えた今となっても、国家から年金すらもらっていない。ここまでやれば、思想の右左を問わず、尊敬を勝ち取れるのも当然であろう。

映画は彼の日常生活から、過去の様々な作品展と裏話などを寄り添うように撮影し続ける。コントラストの激しいモノクロ写真など、作品はどれも異様な迫力があり、報道写真としては紛れもなく一流であろう。

また、見た目は好々爺ながら妙に話が過激で思わず苦笑。例えば、自らが撮ろうとする対象、または社会問題が法を犯したものならば、カメラマンも法を無視していいなどと語っている。

これは先日、福島が講師を務めるDAYS JAPANのカメラマン広河隆一も似たようなことを言っていた。個人的にも国家の犯罪性を暴くため個人が戦うには、この程度の覚悟は必要だろうと感じている。何はともあれ、こうした気骨ある人々に私は敬意を払う。たとえ主義主張が異なっていようがそれは変わらない。

さて、福島はじっさい自衛隊の内部を撮るため、自衛隊の広報をだまくらかして堂々としている。先に国民を騙したのはあなた方だなどと、それは堂々としたものである。撮影したいと言っても許可は出ないだろうからこうするしか仕方がなかったと、そんな風に主張する。これぞリアルジャイアニズム、ものすごい身勝手な理屈である。なのになんだか説得力があるからまた笑える。

軍需産業の工場を取材した際には、装甲の厚みといったどう考えても撮影不許可が妥当と思える部分まで、彼は隠し撮りして発表する。これはひどいと思うものの、それ以上に驚かされるのは彼が使用しているのが常にマニュアルフォーカスカメラという点だ。

これがオートフォーカスであれば、適当に体の後部でシャッターを切っても何とかなろうが、マニュアルではそうはいかない。だが彼は装着しているレンズの画角はもちろん、ピントリングも完全に把握しており、手探りで動かすことで自在な距離に焦点を合わせることができるというのである。そして工場の雑音に紛れてシャッターを押す。トム・クルーズも顔負けのスパイ技術である。

トム・クルーズといえばこのおじさん、カメラを構える瞬間の機敏な動きは完全に野生動物そのもの。あえて人間の職業に例えるならば、すぐれたスナイパーといったところ。そのうちサンミシェルに別荘を持っているとか言い出しかねない、まるで機械のような動きである。

一切の迷いなく動くさまは美しく、こうした彼のムーブをもっと演出上、多用したらいいのにと思う次第である。

このように、この映画の素材は明らかに一流であるが、残念ながらタイムリーでない話題や、すでに歴史になってしまったものも多い。そのあたりは思い切って省略するかさっさと切り上げ、今まさに大問題の原発突入をメインにしたらよかった。もともと彼は核問題を追いかけてきたカメラマンであり、このテーマを軸にまとめればもっとすっきりしたはずだ。

だが、見たところ作り手の体力的に、あるいは企画的にそれは限界を超えた話だ。おそらくこの監督は福島に魅了され、彼を映すことに精一杯であったろう。福島のいきざまと実績、実力を利用して社会問題に切り込みたいという発想の映画ではない。だからこそこの映画は、時代性というものを獲得できなかった。



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