「ダークナイト ライジング」65点(100点満点中)
The Dark Knight Rises 2012年7月28日(土)、丸の内ピカデリー 他 全国ロードショー 2012年/アメリカ/カラー/2時間45分/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:クリストファー・ノーラン キャラクター創造:ボブ・ケイン 原案:クリストファー・ノーラン、デヴィッド・S・ゴイヤー 脚本:ジョナサン・ノーラン、クリストファー・ノーラン 音楽:ハンス・ジマー キャスト:クリスチャン・ベイル マイケル・ケイン ジョゼフ・ゴードン=レヴィット マリオン・コティヤール アン・ハサウェイ トム・ハーディ

良くできているが前作ほどでは

日本には160万人以上のひきこもりの人がいて大変な社会問題になっているが、この映画のダークナイト=バットマンもまさにそれ。クリストファー・ノーラン版バットマン3部作のラストを飾る本作で、主人公バットマンは、前作のジョーカー戦で精神的に消耗したため完全に元気をなくしている。たとえお母さんが作った食事に手紙を挟んでも、屋敷から出てくる気配はない。

ヒーローの存在意義を揺るがした強敵ジョーカー戦から8年。ゴッサム・シティの治安は大富豪ブルース・ウェインことバットマン(クリスチャン・ベイル)自ら地方検事ハービー・デントの悪行をかぶり、デントを英雄とすることでかろうじて保たれていた。だが凶悪なテロリスト、ベイン(トム・ハーディ)の出現によって、そんなかりそめの平和も終わりを告げる。さらに女泥棒セリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)の働きにより、ブルースは致命的なダメージを受けることになる。

アメリカンヒーローものの頂点に位置するバットマンは、当然ながらアメリカ自身の投影であり、「ダークナイト ライジング」はその復活を高らかに宣言する一作となっている。

前作「ダークナイト」(2008)は、あらゆる観客の度肝を抜く結末を見せた。法を超越した正義を実践するアメリカいやバットマンは、自らの強き力が悪を生み出す矛盾に気づく。結果として彼は、世間に反論も誤解を解くこともせず闇に消える。だが彼はその後も悩み続け、働いた方が負け、のひきこもりとなってしまったのである。

代わりにヒーローとなったのは、本来その資質のない男であった。だがそれで平和がくるのならばと、ゴードン市警本部長(ゲイリー・オールドマン)も苦渋の選択を認めた。

これで本当に良いのかと観客にたっぷり考えさせる名作だったが、この続編はそこまで彼らが頑張って達成した街の平和がもろくも崩れ去るところから始まる。結局、嘘の上に恒久的平和は実現しなかった。再び現れた悪に対し、どうすればよいのか。また法を無視してお仕置きするのか。だがそれでは前作までの繰り返しになってしまう。しかも今回の敵は、そもそもバットマンの力さえ及ばないほどに強大である。はたしてどんな結末が待っているのか?

なんとも魅力的な、この2012年にふさわしい思わせぶりな命題である。それに対しバットマンが出したこの結論を、そしてそれに対するゴッサムシティの住民らの反応を、あなたはどう感じるだろうか?

ところで本年度のアメリカ映画は、スパイダーマンをはじめ、ヒーローにすべて頼る市民というのは流行らない。仏様のお情けに乗っかる大乗仏教ではなく、自らが修行する小乗仏教の世界である。「ダークナイト ライジング」もその流行に沿ったもので、名もなき市井の人々の活躍を丁寧に描いている。ヒーローは固有名詞ではなく、だれでもなりうる。そんな、大災害時代の主張がさりげなくうかがえる。

IMAXカメラを贅沢に使用した映像は相変わらずの奥行きと重厚感。アン・ハサウェイが、何の予告もなく黒いスーツに仮面姿で現れるなど、普通に考えたらシュールすぎて噴き出しそうだがまったくそんなことはない。アメリカ映画の中でも最高峰といってもいい雰囲気づくりのうまさにより、漫画っぽさはまるで感じない。むしろこの3部作を少年少女が理解し楽しむのは逆に難しかろう。完全に大人向けの、大人だけで見に行くアメコミ映画である。

とくに今回優れていると思うのは、絶望感を観客に与えるストーリーテリング。アチャーと嘆きたくなる出来事を地道に積み重ねた結果、後半にはもうどうしようもないほどの無力感をもって、バットマンの転落人生を見ることになる。ブルースの唯一にして最大の武器に直接攻撃をかけるテロリストの手口は、国際金融資本に身ぐるみはがされたアメリカ庶民にとっては、なにより怒りを感じられるもの。これにより労働者階級の観客だれもが、大富豪の主人公に肩入れできるという仕組みである。ここは笑うところなのか悲しむところなのか……。

力を失ったダークナイト。そんな最悪の状況の中でも立ち直るためにもがく姿。はたして破れた星条旗は復活するのか。アメリカは世界の最前線に戻ってくるのか。

一生来なくていいよとも思うものの、映画自体は大ヒット間違いなしだろう。奇跡的な完成度の前作からは大幅に落ちるものの、やはり見逃せない。そんな完結編である。



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