「崖っぷちの男」80点(100点満点中)
Man on a Ledge 2012年7月7日(土)全国公開 2012年/アメリカ/カラー/102分/配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ 監督:アスガー・レス キャスト:サム・ワーシントン エリザベス・バンクス エド・ハリス
高所恐怖症の人は無理
人生、突然がけっぷちが訪れることがよくある。圧倒的な魅力を持つセンターが卒業し、人気ナンバー4からいよいよ下剋上を狙うかというその時、撮影好きな元彼に恥ずかし写真をばらされる。リアル「ノッティング・ヒルの恋人」を気取ってみたが、現実は厳しかった。ロマコメを信じると高くつくことを身をもって知ったそんな彼女に贈りたい、それがこの「崖っぷちの男」である。
元ニューヨーク市警のニック(サム・ワーシントン)は、ダイヤ強盗の濡れ衣を着せられ投獄されていたが隙を見て脱獄する。その後、ニューヨークど真ん中のホテル高層階に姿を現した彼は、意を決して窓の外に踏み出す。無実を晴らすため、もはや彼には自殺という手段しか残されていないのか。眼下には騒然としたやじ馬たちが次々と集まり、やがてマスコミや警察のヘリも飛んでくる。
人気絶頂サム・ワーシントン、今年4本目の日本における主演公開作にして最高傑作。それがこのスリリングなサスペンスだ。
舞台が狭いほどサスペンス系の話を成立させるのは困難になる。だがそれは、脚本に相当な工夫を凝らさざるを得ないという意味でもあり、だからこそ面白くなることが多い。この映画もその典型で、主人公の男が立つのは窓の外、ほんの50センチメートル程度の外壁のへりでしかない。この狭苦しいステージで彼は、今にも飛び降りる切迫した表情で、眼下のニューヨーク市民と自殺を止めようと到着した警察の交渉人(エリザベス・バンクス)を翻弄する。
翻弄と書いたのは、どうもこの男には単なる自殺志願者にしては不自然な点が見受けられるからである。詳しくは本編を見ていただきたいが、その驚くべき目的は映画の中盤で明らかになる。目的不明な男の行動、結末の意外性、そしてこの「真の目的」に関わるアクションパートがこの映画の面白さ三本柱となる。
サム・ワーシントンは、どうも演技が上手いのか下手なのかよくわからず、今回の役柄も彼の挙動からその目的を推理するのは困難だ。もし計算づくでこのどっちつかずの演技をやっているなら相当なもの。交渉人の女性警察官どころか、観客をもだますのだから大したものだ。
そんな彼が出ずっぱりで演じているこのがけっぷちパートは文句なしの満点。しかし真相に関わるアクションパート、こちらがいまいち乗り切れない。いくら何でも実現性に乏しく、あまりに荒っぽい手口には「そんなんじゃムリだろ」というほかない。こちらにもう少し工夫があれば、なおよかったのだが。
なおこの映画は、ただ面白いだけでなく奥行きもある。というのも、一見どの時代でも成立しそうな話であるものの、実際にはこの2012年にぴったりな社会性を兼ね備えているから。
たとえばやじ馬に集まったニューヨーク市民の、今にも暴動を起こしそうな殺気立った雰囲気。先日もウォール街で大きなデモが話題になったが、格差社会が行き詰まり、国民の間に不満が渦巻く現在のアメリカにおいて、この映画の群衆が醸し出す不穏さは極めてリアルである。
真のMVPとでもいうべき、ある暴走した市民がこの映画には出ているが、このキャラクターなどは庶民の怒りの象徴である。ユダヤ人と思しきダイヤ王と、それに騙され命がけで無実を明かそうとする主人公。この構図を見ただけでここまで庶民が暴走してしまうのが、いかにもありがちで興味深い。
さらに付け加えると、この映画にも大流行中の「ファミリーの絆」をたたえたテーマが隠されている。これについては、あえてこれ以上は語らないが、本作もこのサイトで何度も伝えている通り今どきのアメリカ映画の本流にあるということである。
例の彼女もそんな時代性の強い傑作「崖っぷちの男」を見て、主人公の抜け目なさ、ずぶとさを見習ったら良いのではないだろうか。必要ないか。