「プレイ‐獲物」75点(100点満点中)
La proie 2012年6月30日、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷にて公開 2010年/フランス/フランス語/104分/カラー/シネマスコープ/ドルビーDTS/デジタル上映配給:エプコット
監督:エリック・バレット キャスト:アルベール・デュポンテル アリス・タグリオーニ セルジ・ロペス

新感覚フランス映画

近年フランス映画は、テレビ局の出資比率が増えるとともに娯楽色の強い作品が増えている。昔ながらのアーティスティックなイメージのものは、賞受けする一部監督作品以外は影を潜めているようだが、「プレイ‐獲物」もそうした傾向にそった作品で、万人向けのアクション映画となっている。

出所目前の銀行強盗犯フランク(アルベール・デュポンテル)は、自分の犯したミスにより、愛する妻と言語障害のある娘が凶悪な性犯罪者に狙われてしまう。彼は意を決して脱獄し、妻のもとへと急いだが、優秀な女刑事クレール(アリス・タグリオーニ)が即座に彼を追い始めるのだった。

何かと批判される事の多いフランス映画界の娯楽路線だが、私は批判派に与しない。不況時にゲージツ家が不遇となるのは今に始まったことではない。そんな逆境から生まれてくる貧乏くさいアート系映画も、これまた時代を映す鏡にほかならない。文句を言いたくなる気持ちもわかるが、今は地球上のどこにも余裕などない。

それに、外れも多いが中にはすぐれた大衆向けエンターテイメント作品も出てきている。むしろハリウッド的なお約束のアクションものでも、そこにフランスらしい味付けがなされていれば十分という考え方に私は共感する。

さて、この映画は刑務所に服役する主人公が面会に来た妻とセックスする、そんな驚きのシーンから始まる。フランスに限らず、セックス面会を許可している国はいくつかあるが、何の説明もなくそんな場面から始められてもこちらはただただドン引きである。こういうアクの強さが、外国映画を見る楽しみである。なに人が作っても同じ味のファストフードになってしまうハリウッド作品とはこういうところが違う。

主演のアルベール・デュポンテルの見た目も、およそ我々のイメージするヒーロー像とは180度異なっており興味深い。マッチョ主義のアメリカとも、ジャニーズ主義の日本とも異なる。こういうオッサン然とした男が活躍する活劇は、中年男性にとってはたいへん共感しやすいものがあろう。また、言語障害を持つ娘、という伏線的設定も、こういう主人公だからこそ生きてくる。マイノリティや弱者への暖かい視線、そこも大事なポイントといえる。

主人公が刑務所から逃げだすべく走り出すと、後ろの音楽も急激にドラマチックなものに変わるなど、わかりやすい演出にも好感が持てる。そこまでの獄中のシーンで観客が感じていたうっぷんが一気に晴れる印象で爽快感がある。

オッサンというのは世界どこでもタフなものだが本作の主人公もその例にもれない。アメリカ映画ならばもうだめだ、という絶体絶命のピンチにおいても決してあきらめず、えらいしぶとさで突破してしまう。これは意外と新鮮なもので、見ていて気持ちが良い。

追いかけながらも官僚的思考とは真逆で、女の直感で真相を探ろうとする誠実な刑事、同じ性犯罪者の被害者を娘に持つ元憲兵など、脇役のキャラクターもばっちり立っている。この元憲兵が主人公のために命がけであることをする場面があるが、涙なしには見られぬ熱い名場面である。

こうした解説で想像できるとおり、本作の魅力は基本的にベタベタなものであるが、ほんのわずかなひねりというか、ありがちではない意外性のエッセンスの積み重ねが全体をおもしろくしている。

どう考えてもそれは無理だろうとか、思わず突っ込みたくなる箇所も多数あるものの、強引に突き進む脚本の力強さ。エンターテイメントに対してその価値を決して疑わない。観客を喜ばせるという一点突破、そこにゆるぎない信念を感じる、それがいい。

複雑な伏線回収や大がかりな仕掛けの見せ場はないが、男の心を震わせるキャラクターたちと、疑いなくエンターテイメントに徹した脚本。シンプルだが、こういう映画が増えれば洋画市場も盛り上がる。



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