「それでも、愛してる」65点(100点満点中)
The Beaver 2012年6月23日 シネスイッチ銀座 新宿武蔵野館にて公開 2011年/アメリカ/カラー/91分配給:ツイン
監督:ジョディ・フォスター 製作:スティーブ・ゴリン 脚本:カイル・キレン 出演:メル・ギブソン ジョディ・フォスター アントン・イェルチン ライリー・トーマス・スチュワート

的確すぎるジョディ・フォスター監督

日本人は鬱気質が多いなどといわれるから、そうした症状に苦しむ人々に寄り添ったジョディ・フォスター監督最新作「それでも、愛してる」は、多くの共感を得られるであろう。

おもちゃ会社を経営するウォルター(メル・ギブソン)は、しかし重いうつ病に苦しんでいた。二人の息子も妻(ジョディ・フォスター)も、彼にしてやれることはほとんどなかった。そんなウォルターは、あるとき町で古ぼけたビーバーのパペットを拾いその「声」を聞く。以来彼は、そのビーバー越しにしか会話ができなくなるが、それでもみるみる社交性と自信を取り戻していくのだった。

メル・ギブソンが大真面目にビーバーを操るシュールな姿を、笑わずにみられる自信があるなら、本作はなかなかの佳作である。こいつをコメディー色なしの誠実なドラマに仕上げた人気女優ジョディ・フォスターは、監督としてもなかなかのセンスを持っている。

近所の人へのあいさつも、大事なクライアントとの交渉も、はたまたテレビ番組への出演も、左手にはめたビーバーを相手に向けてぱくぱくさせながら行う。一家の大黒柱が、それも大会社の社長がこんなバカげたことをやれば、家族のみならず周囲に大変な波紋を呼び起こすのは当たり前。世間体を気にする人なら、目も当てられない惨状である。

うつ病は本人もキツいが、実際のところは家族もきつい。あまり知られているとは思えないそのことを、わかりやすく伝えるためのこれは極端な設定。多かれ少なかれ、うつ病患者の家族はにたような苦労をしているというわけだ。その上で本作は、ことの顛末と皆の心の変化を丁寧に描いてゆく。

ジョディ・フォスター監督は、これまでの監督作でもシングルマザーであるとか、(単に物理的な意味で)不完全な家族を描いてきた。今回も同様に家族をテーマにした映画ではあるが、こちらは人数はそろっているものの、やはりどう見ても「不完全」。こうした題材が、彼女にとっては共感できるということなのだろう。

これはジョディ・フォスター自身が、「普通」の家族を持つ人物ではないから。そこが本作を鑑賞・理解するうえでの大事なポイントとなる。彼女の父親は彼女が生まれる前に家族を捨て、残った母はジョディを2歳から芸能界に売り込んだ。子役時代の出演作に影響された男が大統領暗殺未遂を起こしたことがトラウマとなったのかは知らないが、現在も父親を明かさぬ子どもを抱えるシングルマザーの彼女は常に同性愛者ではとささやかれている。

そうした生い立ちのジョディ・フォスターにとって、どこかへんてこな家族が前に進むこのストーリーは、特別なものがあるのだろう。だからこそこの映画は、全体的に温かい視線で描かれているのだろうが、しかし決して「甘い」映画ではない。

さて、終盤驚きの展開が用意されているが、はたしてあのラストはどういう意味なのか。客観的に見れば、主人公は現在より未来をとった。それは、パーソナルな家族との絆を社会的なそれよりも優先したという意味である。ここいらへんはいかにも今どきのアメリカ映画、何より家族愛を大切にする家族至上主義そのものである。

しかしこの監督は、不完全家族を完全家族にするような事をしない。不完全な家族は結局別の意味で不完全なそれにチェンジするだだけである。しかしそれでも彼らは前には進んでいるんだという、そこに彼女の共感ポイントがあるのだろう。

大切なのは、家族が元通りになるということではなく、主人公が最終的に家族側に戻ろうと決意したその決意自体の価値にある。

これ程の覚悟が鬱病の克服には必要で、しかもそれでも完治するとは限らない。その点まで伝えようとする監督の的確な演出方針、偽善に背を向ける態度には全面的に同意するものの、それにしてもおそろしい難病である。



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