『ベイビーズ-いのちのちから-』55点(100点満点中)
BABIES 2012年5月5日(子供の日)、新宿ピカデリーほか全国公開! 2010 年/フランス/79 分/カラー/デジタル/ビスタ 配給・宣伝:エスパース・サロウ 協賛:たまごクラブひよこクラブ
監督:トマス・バルメス 提供:紀伊國屋書店/メダリオンメディア 配給・宣伝:エスパース・サロウ 協賛:たまごクラブ ひよこクラブ 推薦:社団法人日本助産師会

世界は広い

この世の中で、あらゆるビデオカメラに最も多く撮られている被写体といえばおそらく赤ん坊であろう。それまで撮影に興味のなかった人でも、子供が生まれれば記録に残しておきたいものである。

とはいえ、同じ赤ちゃんでも素人が撮ったホームビデオは5分とみていられないが、プロ製はやはり違う。ドキュメンター作家のトマ・バルメ監督が5年間の月日をかけて世界4か国の赤ちゃんの誕生以降を追いかけた「ベイビーズ-いのちのちから-」は、多様な価値感を実感できるすぐれた作品となっている。

本作はドキュメンタリーとしては異例の大ヒット、アメリカでは興収ベスト10にも入った。多くの人が興味を持つ「赤ちゃん」を被写体に選択したのがその要因の一つだが、ユニークなのがアフリカのナミビア、日本、モンゴル、そしてアメリカといった4か国4人の赤ちゃんを選んだこと。文化も政治体制も異なる国を選んだあたりがなかなかのバランス感覚だ。世界の縮図とまでは言わないが、この4つを比べるだけでも随分と違いがあることに驚かされる。

幸い私たちはそのうち一つに住んでいるので、この違いは余計に実感しやすい。例えば、アフリカの母親は自分の膝でわが子の汚れたお尻を拭く。その汚れた膝は食べ終わったトウモロコシの芯で拭きとる。一方、大自然に垂れ流しているのはモンゴルの赤ちゃん。

排泄物の処理一つ取ってみてもえらい違いである。日本でも最近は、自然派育児などといって布おむつすらつけない人も増えてきている。初めてその話を聞いた時は、いくら何でも無茶苦茶だと思ったものの、こうして世界の現実を映像で見れば違和感がないのだから不思議である。

ほかにも、我々日本人の目から見ると驚きの映像が続々と登場する。手持ちのカミソリで赤ちゃんをスキンヘッドにしているアフリカの母など見ると、決して衛生状態がいいとは言えない場所なものだから、いろいろと驚き考えさせられるものがある。

こうした貴重な映像は、ナレーションで修飾されることなくじっくり見ることができる。言葉ではなく、映像自体や編集で監督の意図を伝えようとする映画的演出といえる。

一例として、先進国の日米と、アフリカモンゴルを交互に見せる演出が多用される。清潔なフローリングで遊ぶ日本の幼児教室の赤ちゃんたちと、泥水の中で遊ぶアフリカの子供たち。かわいい猫と遊ぶのはアメリカ、野生のハエと遊ぶのがアフリカ。そうした映像を交互に見せることで観客に驚きを与えようというわけだ。驚きは内省に繋がる。そうやって映像をつないでゆくことで、多くのことを考えて欲しいとの監督の狙いが見てとれる。

世界は広く多様な価値感がある。

そのことが、赤ちゃんをテーマにすることで浮き彫りになったのは意外な発見であった。育児で悩んでるお母さんも一度これを見れば、自分の悩みのちっぽけさに気付くかもしれない。

もちろん、どんなに育て方が違っても共通点もある。言うまでもないことだがそれは愛。それが感動を呼ぶ。

ただし、なんの予備知識もない人が十分に楽しめるかは微妙。なにしろ赤ちゃんを映しているだけなのである。もっと編集に手を入れて、食事は食事、排泄は排泄などときっちりジャンル分けして比較するとか、あるいはもっと各国の違いをはっきりと出して絶望的なまでの文化の差を見せつけてから、共通項である「愛」に一気になだれ込むといったやり方もできた。

だが、そういうやり方は作り手としては面倒だ。また、そういう形でいかにも作り物っぽくするのはこの監督にとっては嫌だったのだろう。結局のところ、これは好みの問題だ。

エンドロールでは、ちょっと意外な、贈り物のごときほほえましい映像が用意されている。理性よりも感性で感じる映画。男性よりは女性向き。そんな1本だ。



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