「ルート・アイリッシュ」70点(100点満点中)
Route Irish 2012年3月31日(土)より、銀座テアトルシネマほか 全国ロードショー 2010年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア・スペイン合作/英語/109分/カラー/配給:ロングライド
監督:ケン・ローチ 脚本:ポール・ラヴァーティ 編集:ジョナサン・モリス 出演:マーク・ウォーマック アンドレア・ロウ ジョン・ビショップ ジェフ・ベル
ただでさえ今更感なのに
社会派で知られるケン・ローチ監督がイラク戦争を描いた戦争映画「ルート・アイリッシュ」は、入念なリサーチによるディテールの正確さ、ストーリテリングのうまさ、そして結末の奥深さと、全てが優れた佳作である。しかし同時に、外国映画配給業の限界を痛感する作品でもある。
イギリス、リバプール。イラク戦争で戦死した友人の葬儀に参列したファーガス(マーク・ウォーマック)は、「大事な話がある」との謎めいた最後の留守電のメッセージと、その後に送られてきた携帯電話の中身を見て、友人がある事件に巻き込まれた確信に至る。彼ら二人はかつて同じ戦争請負会社に所属し、民間兵=コントラクターとしてイラク戦争に参加した経験があった……。
なぜ今更イラク戦争の映画なのだろうと思うだろうが、本作は2010年の製作。いま日本では洋画の興行成績が芳しくなく、ケン・ローチの新作であっても買い手がつかない状況となっている。その結果、このような優れた社会派作品が、完全に時期を逸してから公開される(そして人々の注目から外れる)という負のループが生じている。
「ルート・アイリッシュ」にしても、せめて作りたての頃に日本公開されていたならば、より人々の心に訴える強さがあったろうが、今となってはそれも半減。社会派映画は、出来不出来にかかわらず基本的に賞味期限は短いもの。ケン・ローチのような実力ある監督の作品が、ビジネス的に難しいと見なされるのは、ファンとしては悲しいものがあろう。
今回ケン・ローチ監督が選んだ題材は、民間軍事会社・コントラクター。平たく言えば、外注・民営化された戦争である。
アウトソーシングというものは必ずしも労働者のためではなく、単に安く労働者を使えるとか、いつでも切り捨てられるといった「メリット」のため経営側が導入したがるものという構造が、今では常識として認識されている。
「戦争の外注化」にしてもそれは同じ。本作品は戦争映画ではあるが、これまでイギリス労働者階級の諸問題を追い続けてきたケン・ローチ監督にとっては必然の題材といえる。
莫大な報酬につられイラクに出向いた2人の親友同士。親友の不審死の調査に首を突っ込んだ主人公が見る戦争業界の闇。兵士と違って死んでも遺族年金が出ないとか、戦場での違法行為が不問に付される特殊な規定の存在(現在は廃止)といったこの映画のスクープ的な要素は、2012年の今となってはさすがに陳腐化している。もっともこの映画の場合は、登場時点で出遅れを指摘する批評もあったのだが。
ただ幸いそれ以外にも見るべき点は多く、特に結末が投げかける「巨悪と労働者」の構図は、さすがに的確な視点だなと感じさせる。それは、一番悪いやつと、法的な意味での重罪人の不一致についてだ。
真の巨悪は権力に守られており、合法的に立ち向かうことはもはやできないという、非常に重要な真実をこの映画を語っている。
だがそれは、結局立場が弱いものは、より悪いことであるテロリズム以外に道がないということを証明したも同然。それは極めて理不尽な結論である。この映画の観賞後のもやもやした気持ちはまさにここに原因がある。
では一体私たちはどうすればいいのか。ちゃんとその答えも、監督は映画の中に用意している。それは何度も繰り返される「悪いときに悪い場所へ」との台詞、まさにこれに尽きる。ある悪者がはくこの台詞こそが、ある意味真実を言い当てているあたりが皮肉である。
こうした主張は、監督が嫌悪する米軍=アメリカが被害者になる戦争映画、には不可能な視点である。
ケン・ローチ監督は、常に厳しくアメリカの政策を批判し、おかげでアカデミー賞にも全く縁のない監督だが、このはっきりした立ち位置と、しかし感情的にならない知性的なタッチが、かけがえのない名監督である所以である。
こうした作品が周回遅れで公開される現状は残念だが、それでもなお見る価値があると私は判断する。