「テイク・シェルター」65点(100点満点中)
TAKE SHELTER 2012年3月24日(土)、新宿バルト9他全国ロードショー 2011年/アメリカ/120分/プレシディオ
監督・脚本:ジェフ・ニコルズ 出演: マイケル・シャノン ジェシカ・チャステイン シェー・ウィガム ケイティ・ミクソン キャシー・ベイカー

妄想か、予知夢か

「テイク・シェルター」は2011年の映画だが、脚本は2008年に書かれたもの。この映画を解釈するには、この事実がまず大切となる。

カーティス(マイケル・シャノン)は、ブルーカラーながら安定した雇用に守られ、妻(ジェシカ・チャステイン)や耳の不自由な娘と幸せに暮らしていた。ところが大災害の悪夢を見るようになって以来、庭に頑丈なシェルターを作らねばとの強迫観念にとらわれる。彼が予感する終末の日は、はたして妄想なのか、それとも……?

2008年といえばアメリカは金融危機の真っ最中で、悪夢のような不幸がそこいらじゅうで実際に起きていた年である。

つまり、人々の大げさな不安感を杞憂と笑えない時期に、この映画の脚本は書かれたわけだ。それを書いた監督自身、当時は新婚1年目ということもあって、失うものができた時の言い知れぬ恐怖感というものを脚本に反映させたという。それがこうした時期的背景と重なって、見ている人にもその感情を疑似体験させる内容となっている。

映画自体はよくできた竜巻VFXなどが目立つものの、パニック映画というわけではない。むしろ、そうした悪夢におびえ、自分が精神病ではないかと疑う男の心理劇。もしくは、サイコスリラーと呼ぶべきものである。

実際、この男の悪夢が単なる統合失調症患者による妄想なのか、それとも神のお告げ的な、実際に起きることなのかは、最後の最後まで判断しかねる演出となっている。

主演のマイケル・シャノンの演技は、見るからに精神が崩壊してゆく男のそれを再現できており、戸惑いながらも彼を支えようとする奥さん役ジェシカ・チャスティンの常識的な役作りといい対比となって見応えがある。

そしてこの対比こそがこの映画のテーマであって、観客は主人公に共感をするものの、やがてその共感が裏切られる体験をすることになる。

無論それらは監督による観客の誘導であり、最後にある"感情"を観客に体験させるための周到な戦術的演出である。終わってみると少々不公平だった気もするが、演出の意図はよくわかるしそれなりに意外性もあって面白い。

それにしてもユニークなのは2008年に書かれたこの映画の脚本が、偶然にも2012年の日本にタイムリーに見えることである。

この映画の主人公がとらわれる竜巻への恐怖を放射能へのそれに置き換えれば、この映画のストーリーはいま日本で起きている現実そのものである。

海外でもこの映画は解釈が少々難しいという評判だが、そんなわけで我々日本人の場合はむしろやりやすい。

映画の中で、娘の手術代が健康保険の適用になるかどうかで妻がこのうえなく不安になる描写があるが、この頃のアメリカはまさにこうした一般の人々が、突然死のごとく破滅する恐怖が実感として感じられた年である。

こうした不安定な時期と今の日本の社会情勢、あるいは国民感情が似通っているというのは、新たな発見であると同時に複雑な思いである。

2011年3月11日以前に、原発に20メートルの津波がやってきて爆発してメルトダウンを起こすなどといえば、この映画の主人公どころではない真性のキチガイだと言われ、誰もそれを否定することはなかっただろう。

しかし実際はどうであったか。キチガイをせせら笑った学者センセイが正しかったのか?

その勝敗はすでについた。結果はじつに皮肉なものである。だが、真実は間違いなくその中にある。だからこそ、人々の生命にかかわる学問を学ぶものたちは、自らより無知なるものに対してさえ、敬意を払い、謙虚であらねばならない。そんなこともわからないから、原発推進派の学者は誰からも尊敬されないし、不誠実とさえ言われるのである。

そしてあの事故から1年経った今でも、彼らは同じことを繰り返しているように思えてならない。

放射能を浴びても安全、低線量なら健康に良い、それがあたかも理性的な態度のようにふるまっている。わずかな放射能で大騒ぎするのはモンスターペアレンツ。知識のない愚かな大衆だと言わんばかりである。

そうした人々は、この主人公を見たときに、主人公の妻や町の住民たちと同じように、この男を哀れなキチガイ扱いするのだろう。

だが、果たしてそれでいいのか。

「常識」なる先入観に、ほんのわずかな波風をたてる。「テイク・シェルター」はささやかながら、ある意味において未来を言い当てたことで、いつまでも心に残る1本となった。



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