「僕達急行 A列車で行こう」65点(100点満点中)
2012年2012年3月24日(土)全国ロードショー 2011年/日本/カラー/117分/配給:東映
脚本・監督:森田芳光 出演:瑛太 松山ケンイチ 貫地谷しほり 村川絵梨 ピエール瀧
森田芳光監督の遺作
楽しめる趣味こそが幸せを呼び込む──いくら仕事をしても生活が上向かないこの時代にとって「僕達急行 A列車で行こう」が語るそうしたテーマは耳に心地よい。万能薬ではないにしても、生きるのが大変な現代に対する、これが一つの回答であることは確かだろう。この映画自体も、鉄道マニアが喜ぶたくさんの車両やその名前をつけた登場人物名などによって、じつに趣味的な装いを備えている。そんな森田芳光監督の遺作は、心やさしい視点に彩られたほのぼの人間ドラマである。
大手不動産開発会社の有望な若手社員(松山ケンイチ)と、零細町工場の跡取り息子(瑛太)は、同世代ならではの仕事や恋への悩み、そしてなにより同じ鉄道ファンとしての共通項から、旅先でであった後に意気投合する。次々と壁に遭遇する若き彼らはしかし、趣味と友情の力で真っ向から立ち向かっていく。
森田芳光はホラーから不倫ドラマ、ミステリーなど様々なジャンルの中で一貫して人間を描いてきた監督である。その森田監督が、映画人生の最後にこうしたハートウォーミングコメディーで、やはり同じ人間というものを描いている。その暖かいタッチは震災後で弱った私たちの心にしみいるものがある。遺作がこのようにタイムリーな佳作であったことは、彼が映画監督として、実力と強力な運に恵まれていた証拠であろう。
主人公の2人はこの映画の中で恋愛に悩むことになるが、二人とも女っ毛を全く感じない、いかにも現代的な草食男子。あまり生々しくない方が、本作の雰囲気にあっているからこれはこれでよいのだろう。演じる二人の持ち味とも一致する。
効果音を大げさに使ったギャグがそこそこ切れており、映画は始発から勢いよくスタートしたが、それにしても少々上映時間が長く感じる。景色が退屈で長く感じる武蔵野線のようなもので、少々退屈する。当初の勢いをキープしていればなおよかった。
こうしたダレ感と、仕事で困ると取引先に都合よく鉄道好きがいたりといったご好都合主義がたまに傷であが、そうした短所もどこか許せてしまう暖かさがこの映画にはある。ちなみに笑いがうまくいっているのだから、最後にほろりと泣かせるくらいのことはやりそうなものだが、そうしたところは欲張っていない。
ご当地映画であり、なおかつ趣味で仕事の悩みを切り開くパターンは釣りバカ日誌シリーズと丸かぶりだが、映画館にいながら各地の風景を見られるのはやはりいいものである。
それにしても、本作のメイン舞台が九州というのは正解であった。もしもこれが東北地方だったならばこの話は成立しない。そんなことを考えると、せつなさと怒りがこみ上げてくる。
なお九州地方の電車には、ユニークなデザインのものが多い。東京のねずみ色の通勤電車しか知らない人が、九州のそれに乗ると、赤だの黒だのアバンギャルドな内装デザインに驚く。
森田監督のファンはもちろん、乗り鉄の人等々には安心して勧められる一本。ちなみにシロガネーゼで有名な東京港区の地名は「しろがね」ではなく「しろかね」なので、そこだけは修正を希望したいところ。