『おかえり、はやぶさ』30点(100点満点中)
2012年3月10日(土)丸の内ピカデリー他全国ロードショー 2011年/日本/カラー/114分/配給:松竹
監督:本木克英 脚本:金子ありさ 協力:(JAXA)宇宙航空研究開発機構 出演:藤原竜也  杏 三浦友和 宮崎美子

企画をもっと煮詰めないと

小惑星イトカワまで、長距離なお使いをしてきた探査機はやぶさ。その偉業についてはや3作目の劇映画の登場である。だがこの一連の映画企画を見ると、日本の映画業界がいかに貧困なアイデアしか持ち合わせておらず、同時に冒険できない体質であるかがよくわかる。

JAXAのエンジニア助手、大橋(藤原竜也)は、あたかも父親(三浦友和)との確執をバネにするかのごとく、探査機はやぶさプロジェクトに打ち込んでいた。彼の父親は火星探査機のぞみのプロジェクトリーダーだったが、その夢が破れて以来、すっかり老け込んでしまったのだった。

半年後ぐらいに、出揃ったこれらはやぶさ映画のタイトルを並べ、その違いを詳しく説明できる人がいるのだろうか。いったいなぜそれぞれの映画会社は、こんなにも似たコンセプトの企画を大慌てで進めてしまったのか。業界ダントツトップの東宝は「はやぶさ」映画に手を出さなかったが、そこに答えがあるように思えてならない。はやぶさ美談ならタイムリーだ、いまなら金も集まりやすい、とりあえず大コケはしないだろう──そんな安直な考えがチラリとでもなかったのか。企画者たちに問うてみたい。

はっきり言って、はやぶさの偉業フィーチャーにはもう皆が飽きている。前2作の興行成績にそれは如実に表れている。ニュースや解説番組、雑誌新聞等々で散々扱われたこのネタは、映画一作目が登場した時点で二番煎じどころか、すでに数十番煎じ。だから他社に先駆けて急いで作っても、大した意味などない。優れたマーケティング能力を持つ東宝だけは、それが最初から分かっていた。

しかもこれら企画は、題名ひとつとってみてもセンスのかけらもない。さらに、どれもそろって人間ドラマにしてあるが、その完成度が低すぎる。一刻も早く形にしようという突貫工事の弊害であるのは明らかだが、それが如実に出てしまっている。

とくに「おかえり、はやぶさ」を見て思うのは、これだけのキャストをそろえながらなぜこんな薄っぺらいドラマしかできないのかという失望である。

ご存じのとおり探査機はやぶさは、途中で音沙汰なしになる時期がある。脚本づくりにおいてはそこが手持ち無沙汰となるわけで、その時間を埋めるための人間ドラマなんだろ? などと観客に感づかれては終わり。これを回避するには、相当な工夫が必要になる。突貫工事の脚本にそれを期待するのは厳しい。

コンセプトが中途半端だから、対象年齢層も性別もぼやけている。ユーモラスなコメディ風のやりとりがあっても、そこが定まらないからことごとく滑ってしまう。

そこまで迷いがあるのなら、いっそ「ハッピーフライト」(08年、矢口史靖監督)のように、ディテールのみを積み上げた映画にしてしまえば少なくとも他社との差別化はできただろう。専任のスタッフを24時間張り付かせて一か月も徹底取材すれば、120分間を埋め尽くす程度のトリビアはかき集めることはできたのではないか。

なおVFXなど映像面と役者の安定感は、昨今の多くの邦画同様、十分満足できるレベルに達している。だがそれは職人的個人技による部分が大きいからであって、それだけでは映画は持たない。骨格となるべきストーリー、そしてコンセプト(描きたいもの)がこれほどにあやふやでは、技術スタッフの努力だけではどうにもなるまい。

繰り返しになるが、ただでさえよその会社も進めている企画を後出しするのであれば、プロデューサーはもっと頑張らないとだめだ。切り口も同じ、クライマックスも同じ、題名もそっくり。そんなものを誰が見るというのか。消費者をなめてはいけない。ごはんにかけるラー油がはやったら、似た名前の商品が溢れかえった状況と、これでは全く同じではないか。もっと根性を込めて、はやぶさプロジェクトを成功させたJAXAに負けないほどの情熱を込めた、本気の映画を企画せよと言いたい。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.