「戦火の馬」55点(100点満点中)
WAR HORSE 2012年3月2日(金)全国ロードショー 2011年/アメリカ/カラー/146分/配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
監督:スティーヴン・スピルバーグ 脚本:リー・ホール 出演:ジェレミー・アーヴィン エミリー・ワトソン

アメリカ人が心安らぐメッセージ

映画「戦火の馬」は、構想から撮影開始までわずか7ヶ月で行われたスピード企画である。一つの企画が2年や3年泳いでいるのも珍しくないハリウッドにおいては、この速度は異例ともいえる。そしてその中身を見てみると、監督のスティーブン・スピルバーグが映画化をそれ程急いだのもよく理解できる、極めて今のアメリカ映画の流行に即した作品である。

第一次大戦前夜の英国。農家の息子アルバート(ジェレミー・アーヴァイン)が何より愛して育てた馬ジョーイは、不本意ながら様々な事情によりイギリス軍へ軍馬として売られてしまう。ジョーイは最前線を駆け抜け、敵味方の軍を行きかいながら、それでも必死に生き、走り続ける。その瞳は戦場で何を見、何を思うのだろうか……。

「戦火の馬」は、普通に見れば、何の変哲もないお馬さんの感動映画である。イギリスのダートムーアで撮影された雄大な自然、疾走する馬体、そんなネイチャーな映像美とは対照的なリアルな戦争シーン。どれをとっても平均以上の出来栄えだが、しかし群を抜いて心に残る要素があるとも言えないのが泣き所。

ただこれが、2012年のアカデミー作品賞ノミネートと言われれば、なるほど今年の話題作となる理由も理解できる。

第1次大戦の激戦区を、敵味方様々な陣地を1頭の軍馬が旅するこの物語は、堂々たる戦争映画である。しかしそこには、なぜこんな戦争が起きたのか、だれに責任があるのかは一切描かれない。ただただ巨大な時代の波に翻弄される、1人の人間としての、各国の兵士たちが描かれるのみである。主人公である軍馬のジョーイの目から戦争を描くことで、イギリス人もドイツ人も、分け隔てなく1人の人間として登場する。

どこそこの軍の兵士という属性を取っ払ってみれば、そうした人々は、1人の父親であり、息子であり、あるいは農夫であったりする。兵士である彼らでさえも、単に戦争という波に翻弄された無垢なる一般人という姿になる。

彼らが殺し合うなんて異常事態には、どこかに原因があるはずだが、そうした生臭い疑問はとりあえず置いておく。そんな今のアメリカの空気に、本企画はぴったりと合致しているというわけである。

戦争は辛い、こわい、とにかく嫌なもの──。ほんの少し前までのアメリカ映画には、我々アメリカ人が世界で嫌われているのは、戦争をあちこちで起こしているからだという、曲がりなりにも反省の視点があったのだが、今年のアカデミー賞にそうした視点の作品はない。本作も含め、戦争では誰もが被害者になっちゃうんだよと言っている。そんな結論に至ることで、自分たちのガラスのプライドを保っているかのようでもある。

それがたとえ第一次世界大戦だろうがイラク戦争だろうが関係ない。彼らアメリカ国民にとっては、いろいろ検証はしたが結局は喧嘩両成敗、俺たちだけが悪いわけじゃないよね──という結論こそが心安らぐ唯一のものなのだろう。



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