「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」65点(100点満点中)
Extremely Loud and Incredibly Close 2012年2月18日(土) 丸の内ピカデリー他 全国ロードショー 2011年/アメリカ/カラー/129分/配給:ワーナー・ブラザース映画
スタッフ 原作:ジョナサン・サフラン・フォア 監督:スティーヴン・ダルドリー 脚本:エリック・ロス 出演:トム・ハンクス サンドラ・ブロック トーマス・ホーン マックス・フォン・シドー ジョン・グッドマン

今年のオスカー候補作はどれも同じ?

今年の米アカデミー作品賞は、不思議な符合を持つ作品がいくつも存在する。具体的にいうと、有力な3作「ヒューゴの不思議な発明」「戦火の馬」そして本作「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は、物語のプロットがほとんど同じである。

どの作品も、天災もしくは戦争によって運命を狂わされた「無垢なる存在」を主人公にした作品。それが馬か、人間の少年かは別として、「理不尽に降りかかった災厄によって、被害を受けるかわいそうな者の物語」である骨格部分はまったく同一。

特に、本作と「ヒューゴの不思議な発明」の共通点は極めて多い。どちらも「唐突に失った父親が遺したもの」を完成させようと必死になる少年のお話。そしてほぼ同じセリフが、クライマックスの最も感動的な場面に流れる点でも共通している。ちなみに本作の主人公の少年の名前はオスカー。最初からノミネートが決まっていたのではないかと思う程の、奇妙な偶然といえる。

9.11テロ事件で父親(トム・ハンクス)を失った12歳のオスカー(トーマス・ホーン)は、いまだにその事実を受け入れられない。そんな彼は、あるとき父親の部屋から謎のカギと「ブラック」と書かれたメモを発見する。それが自分への最後のメッセージだと直感したオスカーは、ニューヨーク中の「ブラック」という名の人々に直接会いに行き、手掛かりを探そうとする。

本作は、9・11爆破テロ事件により、等しくトラウマを受けたニューヨーク市民たちの表情を描くことで、普遍的な人の優しさ、傷ついた人間同士の思いやりを描こうとした作品である。

テロの被害に遭った父親の面影を探す少年に対するニューヨーク市民たちの反応。それはときに罵倒であったり、拒否であったり、或いはすんなり受け入れてくれたりと様々であるが、そのどれもが感動を呼ぶ。たとえ少年の「調査」をむげに拒否する者がいても、その理由を考えれば到底非難できるものではない。現実の事件をネタにしているだけに、胸を打たれるものがある。

結末にはどんでん返しが用意されていて、それが涙を誘う感動的なラストに繋がるのだが、実際こんな事はまずありえないだろう。現実のニューヨーク市民は、この、ある意味ファンタジックな結末をすんなり受け入れるのだろうか。気になるところだ。

冒頭に書いた「ヒューゴの不思議な発明」との共通点だが、どちらにも間接的に戦争が暗い影を落としている点、しかも戦争に行った者であるとか、戦争を起こした側の話ではなく、それとは一見無関係な民間人の物語になっているところが興味深い。民間人にとっては戦争は天災と同じ。彼らの物語は、厭戦感の強い反戦映画になるしかない宿命である。

本作も、ヒューゴも(「戦火の馬」も)、ともにそういった印象を受ける映画である。これらがアカデミー作品賞を争うというのだから、今のアメリカ人が何を求めているかがよくわかるというものだ。アメリカがアフガニスタンからの早期撤退を発表した年に、これぞ相応しい映画ではあるまいか。そんな反戦・厭戦映画が勢ぞろいしたアカデミー賞の年に、大統領の再選が行われるというのもまた興味深いところである。

戦争はつらい、被害も甚大だ──。決してその戦争の原因を見ようとはしない、それほどまでに疲れ切った厭戦気分。それが現在のアメリカ国民の共感ポイントということか。民間人はただただ愚かな政府の愚行に巻き込まれるのみ、というのは、まるで日本の誇る自虐史観ムービーのようである。

なお主人公オスカーを演じるトーマス・ホーン少年は、本格的な演技経験なしということだが、トム・ハンクスやサンドラ・ブロックといった大物オスカー俳優たちに支えられ、自然な演技を披露している。

単なる感動ドラマとしても、9・11事件以降のアメリカ社会に興味がある人にとっても、またはアカデミー賞の作品賞候補がどれほどのものかを知りたい人にとってもすすめられる佳作。あるいは私のように、ほとんど不要なまでに深読みをして勝手に楽しみたい人にもピッタリだ。「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は、何だかんだ言っても今年を代表する作品であることは間違いない。



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