「メランコリア」70点(100点満点中)
Melancholia 2012年2月17日(金)より、TOHOシネマズ 渋谷、TOHOシネマズ みゆき座ほか全国公開
2011年/デンマーク, スウェーデン, フランス, ドイツ/カラー/130分/配給:ブロードメディア・スタジオ
監督/脚本:ラース・フォン・トリアー 出演:キルスティン・ダンスト シャルロット・ゲンズブール キーファー・サザーランド シャーロット・ランプリング ジョン・ハート
病んだ天才が作り上げた終末の映像美
心の病について描いたり、精神病患者が出てくる映画は数多くあるが、実際に精神を患っている映画監督が作った映画というのはあまりない。ましてそれが、誰もが認める超一流の監督であればなおさらだ。映画「メランコリア」は、鬼才ラース・フォン・トリアーが鬱病でにっちもさっちもいかない時期に構想し、作り上げた映画である。
新婦ジャスティン(キルステン・ダンスト)は、自身の結婚パーティーが開かれる姉夫婦の豪華な邸宅にやってきた。しかし彼女は到着から大幅に遅れ、かつわがままな振る舞いにより周囲に迷惑をかけ続ける。情緒不安定なジャスティンは、到底まともな結婚式をあげられる精神状態にはなかったのだ……。
鬱状態で作り上げた映画というだけならまだしも、よりにもよってそのテーマが「世界の終わり」である。やぶれかぶれになったときなど、誰もが「このまま世の中が終わってしまえばいいのに」とか「苦しまずに一瞬で死んでしまえたらいいのに」と思うことはあるだろうが、本当に地球ごと終わりにしてしまうとは、さすがは映画監督である。
ましてこの話を考えたのは、デンマークきっての鬼才ラース・フォン・トリアー。やけになって壁を殴る引きこもりがしゃべり明かすような妄想話だというのに、なんともユニークで見ごたえがあるのである。
実際この映画の冒頭数分間は、地球らしき惑星が破滅に向かう、どこか意味不明なシークエンスとなっている。ワーグナーの「トリスタンとイゾルテ」の旋律にのせ、なめらかなスローモーションで格調高い映像が展開する様は、一種この世のものとは思えない不気味な雰囲気をかもし出しており、極めて斬新。このオープニングを見るだけでも、映画館に出向く価値があろう。事前のトイレが長引いてこの後のドラマ編が始まってから席に着いた人は、推定1500円くらいは無駄にしているので注意が必要だ。
そこからは、タイトル通り憂鬱なまま結婚式を迎えたヒロインの俗っぽく退屈な物語が始まる。
地球に巨大な惑星が接近中という、破滅を思わせる背景があるにはあるが、中国の奥地でノアの方舟を作る大統領が出てくるわけでもなく、のんびりしたものである。お父さんと子供が望遠鏡で毎日惑星を観察し、昨日より大きくなっただの小さくなっただの話し合っているのどかな展開である。
この本編パートを支えているのは、キルスティン・ダンストの演技と底知れぬ魅力。いまではスパイダーマンシリーズの可愛らしいヒロイン役として知られるこの女優は、そうしたアイドル的イメージとは打って変わって、監督の狂気に負けない異様なキャラクターを熱演。「幸せの行方...」(10年、米)に続くオールヌード、セックスシーンも体当たりで演じている。こんなにも素晴らしいおっぱい、いや演技力があったのかと驚かされる。
花嫁が精神崩壊していくさまは、観客の予想を超える意外性の連続となるが、彼女はそれを自身の演技力のみで表現。誰もがこの主人公から目が離せぬ状態を作り上げ、この一見退屈なストーリーにくぎ付けにさせる。驚くべき求心力である。
ちなみにこのヒロインとこの物語は、ある種のリトマス試験紙となっている。例えば私などは、そのどちらにも、あるいはエンディングにも、理解はできるものの共感はできない。それは私のアタマがまぎれもなく正常だからである。女性の好みは多少異常めいているが、反論は許さない。
だが逆に、このヒロイン、あるいはエンディングに思い切り共感できた場合はまずい。たとえば監督は、自分で作ったこの映画を見直すと、とても心が落ち着くなどと語っているが、はっきり言って完全にビョーキである。
とはいえ、一億総うつ国家などといわれる日本人の多くは、この壊れたヒロインに共感できるだろうし、またそうなるに値するほど、そのメランコリアな描写と演技はリアル。手持ちカメラによる不安定な構図や、同じ地球上で撮影したとは思えぬ色合いの映像などを駆使して、底知れぬ絶望を感じさせる演出は、トリアー監督の真骨頂、テクニックの極みといえる。
監督がハッピーエンドと語る衝撃的なエンディング含め、他に類を見ない不気味な映画であることは間違いない。
映画を見て楽しくなりたい、面白いものを見せてもらいたい。そういう人には不向きだが、ほかでは絶対に味わえないアクの強い作家性。頭のネジがとんだ天才の作り上げた映画を見たい、という方がいたらこれ以外の選択肢はない。0か100か、評価が分かれる作品と思うが、個人的には相当高く評価している。