「ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-」80点(100点満点中)
Dragon Age 2012年2月11日丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国公開 2012年/日本/カラー/89分/配給:TOブックス
監督:曽利文彦 原作:BioWare / Electronic Arts 脚本:Jeffrey Scott キャラクターデザイン:中山大輔 音楽:高橋哲也 声の出演:栗山千明 谷原章介 GACKT

逆輸入本格ソードアクション

コンピュータグラフィックスによるアニメーションの世界では、なんといってもピクサー社が傑作を量産し、第一人者と称されている。

いつの時代も先駆者というのは尊敬され、長く人々の心に残る。その業績を上回り、人々の固定されたイメージを覆すのは容易なことではない。とくにこのCGアニメの世界では、日本は大きく出遅れた感が否めない。

しかし、アメリカ勢に独占を許したかに見えたこの分野で、新境地を切り開いた男がいる。曽利文彦監督がその人で、彼のアニメ映画の代名詞というべき3Dライブアニメのテクノロジーは、ほとんど新ジャンルと呼んでいいインパクト。俳優の動きをトレースしたモーションキャプチャーにトゥーンレンダリングを施したものだが、どこか日本アニメ調の色合いに仕上がっているのがポイントで、そのクールなルックスは世界中のアニメファンを感心させた。

あえて実写映画と同じ演出をすることで、実写以上に面白い見た目の映像を、実写を下回る予算で作ることができる。そんな一挙両得的アイデアは、大予算を組むことできない日本の映画業界にとっては福音といえるものだ。

04年に製作した「APPLESEED アップルシード」以来、一作ごとにそのクオリティーは正常進化し、この最新作「ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-」では現時点の最高到達点を示すことに成功している。

剣と魔法とドラゴンの世界。この世を統治するチャントリー(=教会)勢力が抱える最精鋭部隊の女戦士カサンドラ(声:栗山千明)は、謎の少女をめぐる争いのさなか、敵であるブラッドメイジ(悪の魔法使い集団)と、本来は味方であるナイトコマンダー(声:GACKT)率いる騎士団の双方から追われる身となってしまう。師匠の友人である魔法使いのガリアン(声:谷原章介)を唯一の味方として共に逃亡しつつ、彼女は真相を探るのだが……。

原作ゲーム「Dragon Age:Origins」はアメリカでは大人気だが、日本での知名度はそれほど高くはない。この映画も、もともとアメリカで企画されたもので、そのアニメ化に最適な人選として選ばれたのが日本の曽利監督であった。

この映画は、そんなわけでオファーを受けた曽利監督が、独自の技法を使って、英語版として作った作品である。つまり日本で公開されるのは、日本語吹き替え版ということになる。

第一に英語圏、アメリカ市場に向けたものだから、アメリカ人が好むようなマッチョで血なまぐさい作品になっているかと思ったらさにあらず。「ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-」は、確かに海外ゲームのアニメ化ではあるが、中身は揺るぎないJAPAN発のアイデンティティーを持った作品であった。

例えばヒロインのキャラクターデザインは、もしこれが100%アメリカ産アニメであれば、色気ゼロの ひげでも生やしてそうなマッチョなアメコミ的女キャラになっていたこと間違いないが、この映画のそれは、白人の顔をしてはいるがどこか日本アニメ的なかわいらしさを持っている。

壁を駆け上がって反転、敵に切りかかる美麗なアクションショットでは、細い太ももの奥がちらりと映ったりしてはっとさせる。あちらの発想は、ゲームにしろCGにしろリアル志向の生々しいエロだが、こちらはさわやかなチラリズム。見た目は非常に格好のいい実写的な映画であるが、どこか萌えの要素を感じさせる、そこがチャーミングである。そこまで感情移入できるということは、ライブアニメの技法がより進化した証拠でもある。何しろこのヒロインの太ももはたまらない。モーションアクターが男性でないことを心より祈る。

次に世界観について。教会と外部勢力との対立構図を基本としつつも、教会内部に腐敗があったり権力争いがあったりと、善悪の単純な対比にはなっていない。こうしたリアリティある設定は、現実の大宗教について何かの含みを持たせたものであると思われるが、映画版の方はそうした生臭さをあまり感じさせない。良くも悪くも日本のアニメは無国籍であり無宗教。そうしたタブーに縛られることもない。これは時に短所にもなるが、本作の場合は世界市場向けであるから、そのニュートラルさはプラスに作用するのではないか。

登場人物の表情は「TO(トゥー)」(2009)に比べてさらに豊かになり、技術としてのライブアニメの進化を感じ取ることができる。特に本作では、青白い死体の肌の質感等も表現されており、その恐ろしさたるや、この技術は意外とホラージャンルに似合うのではないかとさえ思わせる。いずれは挑戦して欲しいものだ。

剣と魔法のヨーロピアンファンタジーの世界に慣れている人なら問題なく楽しめると思うが、そういったものに全く興味がない人にとっては、少々ついていくのに難儀するかもしれない。特に冒頭、非常にコンパクトかつハイテンポのナレーションで世界観の説明が行われるので、ゲームをやってない人にとっては脳みそフル回転を要求される。ただ本編が始まってしまえばそうした難解さはなく、よく整理されたストーリーが展開するので心配はない。すんなりみられる物語だが、欲をいうなら楯を使って倒す伏線を生かすなど、もう一ひねりできた気もする。

本作の良いところは、洋物ゲームを原作にしているにもかかわらず、マニアックに走らなかった部分。誰もが楽しめるわかりやすいアクション、共感を持てるキャラクター、すっきりとしたストーリー。目を見張るオープニングのアクションとそれ以上に盛り上がるクライマックスの大戦闘という、活劇映画の王道をゆく自信たっぷりな作風があげられる。

何事も王道を歩むのは勇気がいることだが、うまくいった場合、これに勝るものはない。その点で、「ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-」には、これまで何作品も積み上げてきた曽利監督の、ある種の確信があるのだろう。

このジャンルがもっと進化・普及していけば、ピクサーが築き上げた3DCGアニメーションに匹敵する大きなコンテンツになる可能性があると私はずっと考えている。それを、ピクサーとは比べものにならない小規模な予算で、堂々とやり続ける。その心意気を高く買いたい。

映画「ドラゴンエイジ -ブラッドメイジの聖戦-」は、マニアに向けた変化球ではない。どんな国の観客をも喜ばせられる事ができるのだという、自信満々の剛速球である。

どこの国の原作ものであろうと、日本の血液が通った作品にする。これは世界で活躍する映画監督としては、極めて重要な資質、方針であり、また応援すべきものである。ゲームをやったことのない人にも安心してすすめられる、王道のエンターテイメント作品として本作をオススメしたい。



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