「アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争」70点(100点満点中)
AACHI & SSIPAK 2/11より公開 2006年韓国/88分/C-Bridge=Vonat
監督:チョ・ポムジン

タイトルはやや先走りすぎだが…

韓国映画は国策で保護されているとあって、最近めきめき力をつけてきた。日本の下請けなど地道な経験を積むことによって、アニメーションのジャンルでも高い技術を身につけてきた。そんな破竹の勢いの韓国映画にとって、唯一の弱点はオリジナリティがないことである。

だが、そんな弱点も今日で終わりだ。

ここに、そうしたこれまでの常識を打ち破る、極めてオリジナリティの高い、そして韓国らしいアニメーション映画が誕生した。「アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争」がそれで、いまだかつてないウンコを題材にしたアニメーション映画ということで、早くも各地で話題を呼んでいる。

近未来のある国。ここでは人糞をエネルギー源にするテクノロジーにより、資源問題を完全に乗り越えることができた。ところが排便を促すため政府が国民に配ったアイスキャンディーの副作用により、排便能力を失うミュータントが多数誕生してしまう。国家運営の役に立たない無駄飯喰らいとして差別された彼らは、やがて暴徒となり反体制のテロ集団と化す。そんな中、アーチとシパックのチンピラ二人組は、ひょんなことから驚異的な排便能力と強靭な肛門を持つ美少女と知り合う。彼女が日々大量に放出する大便により大富豪となった3人は、しかし彼女とそのかけがえのない肛門を狙う様々な勢力から逃げ回るはめになるのだった。

いかにこの映画がものすごいか。当記事をスマホで読んでいる方は、ためしに上記あらすじを声に出して読んでみるといい。満員電車の中であれば逮捕確実、恋人の前であれば平手打ち間違いなしという、きわめて斬新な内容に驚くことになるだろう。

チョ・ポムジン監督はこの映画を完成させるため13年間の月日を費やしたというが、その間になんと10回以上の製作中断があったという。しかし監督は、ウンコというオリジナリティあるテーマを具現化するため必死に踏ん張った。彼は5年間をかけようやく15分間のウンコアクションを作り上げ、その驚異的なクォリティと面白さ、そして輝く大便の魅力によって3億5千万円もの予算を集めることに成功。完成から6年を経て、大市場日本での公開も実現させた。

そもそも韓国にはトンスルという習慣もある通り、ウンコと国民生活は切っても切れない大事なテーマ。そうした国民的ライフワークをメインに据えることで、この作品はこれまで韓国映画になかったオリジナリティ、そして確固たるアイデンティティーを得ることができた。この点は特筆に値する。

確かに本作のアニメーション技術は品質も高いし、アクションシーンはハイスピードでめっぽう派手だ。だが、いかに技術が高いといっても、これまで誰も思いつかなかったウンコという題材がなければ、それほど注目をあびることはなかったはずだ。

もっとも、思いつかなかったというより、思いついても誰もやらなかっただけという気もするが、それにしてもそうした良識をふきとばす勇気は高く買いたい。無名なクリエイターが世に出ようとするなら、良識や常識などというものはただの足かせに過ぎない。核心となる技術に自信があるからこそ、世間の耳目を集めるためにあえてバカげたテーマを選ぶ。その戦略自体は一つも間違ってはいない。

なお勇気といえばこの映画、どこから見てもミッキーマウスなキャラクターに、浣腸をして液体状のウンコを大放出させるシーンがある。これがどれほど勇気のあることか、多少なりとも著作権問題に詳しい人ならよくわかるだろう。

さらに製作の最終段階でこの監督は、12分間もの映像をバッサリとカットしたという。これは製作費に換算すると約5000万円くらいに相当する。これは低予算作品を作る立場からすると、とんでもなく勇気が要ることだ。手塩にかけて作り上げた映像を惜しげなく排泄するあたりは、さすがウンコ映画。あっぱれというほかない。

それにしても、単に奇抜なアイデアというだけでは、当サイトはそれほど高く評価はしない。この映画が心憎いのは、それがどこか現代の韓国社会を暗喩していると思わせる点である。

例えば、アイスキャンディーの副作用で体が縮んだという設定があるが、このあたりは韓国の身長コンプレックスを表しているといえよう。体が縮む事を人々が恐れるというのは、なかなか説得力がある。

また、ウンコが貴重品でそれを争奪するという構図は、極めて厳しい競争社会と言われる韓国の経済状況を皮肉っているとみることもできる。人間とミュータントの対立構造が、そのまま韓国の激しい格差社会を表しているというわけだ。徹底的に差別される非生産労働者=ミュータントたちは、失業率が高い韓国社会の最底辺の人たちを表現している。

とすると、彼らミュータントをブチ殺しまくるアンチヒーローというべきゲッコーは、一体何なのだろうか。そのあたりを考察すると、より深く楽しめる。

国民皆がこぞってウンコに群がる点も、現実社会では「カネ」に対して同じことをやっているわけで、お前たちが必死になってるカネなんてのはウンコみたいなものなんだよという、アナーキーな主張であるとみることもできよう。

もちろんこれは私の単なる希望的観測であり、チョ監督はそんなことはつゆほども考えず、単にウンコの映画を作りたかっただけだったという可能性も高い。

いずれにせよ、他に類を見ない映画。ジャパニメーションの格好よさと、ディズニーの予定調和を打ち破る気概。通常の5割増しのカット数と、通常の5割増しのウンコ数。間違いなく、ウンコ映画史上最高の傑作といえる「アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争」を、今見ておかない手はない。

もしもコイツを見逃したら、二度と類似の作品を見ることなど出来ないであろう。その意味では、必見の一本ということができる。



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