『ALWAYS 三丁目の夕日'64』70点(100点満点中)
2012年1月21日公開 「3D」 全国東宝系 (2D同時公開) 2012年/日本/カラー/142分/配給:東宝
原作:西岸良平 監督・VFX:山崎 貴 脚本:古沢良太 山崎 貴 音楽:佐藤直紀 吉岡秀隆 堤真一 小雪 堀北真希 もたいまさこ 薬師丸ひろ子

≪見た目は古いが中身は未来を先取り≫

世界経済は今緩やかに衰退している。それでもアメリカなどは、ヨーロッパに嫌がらせをしつつイランにもちょっかいを出し、日本の懐に手を突っ込むなど世界中でなりふり構わず必死にドルを防衛しようと動いている。それでもこれまでの成長を前提とした価値感自体がもう通用しなくなりつつあるのではと、多くの人が言及している。

そんな中、ひとり異質な存在感を放ち続けるのはこの日本である。バブル崩壊でもう二度と日は昇らないなどと言われつつ、気づいたら独歩高。成長していないのに、さほど弱ってもいる様子もない。アメリカのかわいい財布犬なのに、主人が朽ち果てた後も生き残りそうなオーラを醸し出している。

そんな日本の映画界が満を持して送り出す『ALWAYS 三丁目の夕日'64』は、知ってか知らずかそうした現在の世界情勢の中に、新たな価値感を示すような作品となっている。

昭和39年、東京オリンピックが開催されるこの年、東京は好景気にわいていた。茶川商店や鈴木オートも拡張を繰り返し、その波に乗っているように見えた。しかし茶川(吉岡秀隆)は連載小説の人気が下がり、ライバルの登場にも悩まされていた。一方、その向かいにあるスズキオートの修理工、六子(堀北真希)は毎朝おしゃれをしてどこかに出かけている。どうやら好きな人ができた模様だ……。

VFXを多用した映像で昭和30年代の東京を描いた人気シリーズの3作目。今回は3Dカメラによる撮影で、最新鋭の3D映画として公開される。VFXのスペシャリスト、山崎貴監督の真骨頂というべきハイテク満載の映画である。

この映画の3Dは、ハリウッドでよくある2Dを後から3Dにしたものではなく、最初から専用のカメラで撮影された『アバター』(09年、米)と同じ本格的なものである。昭和の小汚い町並みをわざわざ3Dでリアルに見せてどうするんだという気もするが、映像自体はそんなわけで大変な労力とコストのかかったものになっている。

とはいえそこで繰り広げられるのは、どうせ前作までと同じ人情ドラマであろう──というふうに考える人は多いだろう。じっさい、おなじみの登場人物たちが、あれやこれやと騒ぎを繰り広げる様子は、いつもの昭和ホームドラマそのもの。基本的なドラマの雛型は、前作通りといってよい。

しかしこの最新作が前作までと明らかに違うのは描かれるテーマの適時性。つまり冒頭に書いた通り、あたかもいまの世界経済情勢を表しているように見える上、そこに新しい価値感を提示しているということ。こうした作品はハリウッドにもあまり例がなく、日本から出てきたことに驚きを禁じえない。

具体的にいうと、この映画の登場人物たちはこれ程景気が良い世の中であるというのに、金や出世を目指す当たり前の価値観にわざわざ背を向けるのである。

昭和39年というのは東海道新幹線が開通した年であり、日本武道館ができた年でもあり、そして何より東京オリンピックが開催された年である。町を行き交う車の数も大幅に増え、空にはブルーインパルスが五輪のリングを描いている。道行く人たちはみな笑顔で、新しい服を着て楽しそうに買い物をしている。

右を向いても左をむいてもみな羽振りがいい。一体どこにこんな夢の国があったのだろうと思うものの、考えてみれば(いや考えるまでもなく)ここも自分の国だ。平成生まれの人にとっては、想像もつかない世界であろうが。

これ程までに活気があるからこそ、3丁目の登場人物たちの行動の異色さが目立つ。

彼らはそれぞれ家族の生活を良くしようと頑張ってはいるが、人を追い落としてまで無理な出世をしようとか、金を稼ごうなどということは考えない。みんなでテレビを見に隣の家に行ったり、立ち飲みをしたり、それだけで十分に楽しい。お金はかかっていないだろうが、そうめんを家族で食べたり、コロッケを食べたり、そういったこの映画の風景の幸福感には目からうろこが落ちる思いである。

経済成長だの贅沢だのを追い求めている現代の人々にとっては、この映画で描かれるこうした「幸せ」は非常に新鮮。この私でさえ「ああ、こうした質素で素朴な幸せを追い求めるべきなのだろうか」と一瞬思ったが、考えてみたら今も三丁目の人たちと大差ない生活ぶりであった。

それはともかく、こうした昭和的価値感を堂々と褒めたたえ肯定するこの映画は極めて示唆に富んでいる。

ユーロだのドルを防衛だのと言っている欧米の連中からしたら理解できないだろうが、じつは日本はもう20年間以上もこうした価値感の中で生きている。

世界中が経済成長への道を模索している間に、日本の庶民たちは成長に背を向け、今あるものを利用して小ぢんまりと幸せに生きている。そうした生き方を国民皆が無意識のうちに探し、受け入れてきた。

それは政治家や官僚がろくに仕事をしないものだから、国民がやむを得ず自己防衛的に見つけ、たどり着いた価値感ではあるのだが、もしかしたらこうした生き方こそが今の世界経済が抱える問題を解決する正しい道なのかもしれないと、この映画を見ると感じる。

山崎監督らが、そこまでの思いをこの映画に込めていたかどうかはわからないが、結果的にこの作品は極めて現代的な主張を持つことになった。

毎回お定まりのストーリーと音楽、同じセットで同じお客さんを泣かせるプログラムピクチャー。「ALWAYS」は、そういう種類の作品であるにもかかわらず、これだけのテーマ性を持っている。その点を高く評価する。

監督が相当力を入れたであろう3D技術とか、こだわりの小道具とか、そうしたものももちろんすごいとは思うが、それ以上に中身が新しく、また今の時代に必要なものであると思う。

人情ものとしての出来も、シリーズ中トップクラスに良い。登場人物たちが様々な人間的成長を遂げるあたりは、以前からのファンにとっては大いに楽しめるだろう。

まだまだこのシリーズはいける。『ALWAYS 2015』くらいまでは大いに頑張れよと言っておく。茶川商店も鈴木オートも中国製品に敗れて倒産、全員が失業か非正規労働者におちぶれるという、笑えない内容になるかもしれないが……。



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