『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』85点(100点満点中)
2011年12月3日(土)ロードショー 2011年/カラ―/ビスタサイズ/ドルビーデジタル/123分 配給:松竹
製作総指揮:阿部秀司 監督:蔵方政俊 脚本:小林弘利/ブラジリィー・アン・山田 出演:三浦友和 余貴美子 小池栄子 中尾明慶
≪女子供に媚びぬ、オヤジのための脚本≫
一部に根強いファンがいる安全パイというべき鉄道映画の、それもシリーズ第2作。超有名ヒット作の二番煎じ臭さ漂う定年運転士のドラマという内容、本格的な長編映画は初という監督など、私にとって『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の事前の期待値はゼロに近かった。
しかし映画とはわからぬものである。本作はこの秋の日本映画としては、トップクラスに入る見事な傑作であった。
運転士として現場一徹を貫いた滝島徹(三浦友和)は一か月後に定年を控えていた。その後は妻・佐和子(余貴美子)とのんびり旅行でもと計画をたてていたが、彼女はそれを拒否。今後は家族のためでなく自分のために看護師として第二の人生を始めると主張する。やがて彼女の気持ちがまったく理解できぬ徹と激しい口論となり、佐和子は出て行ってしまう。
どっしりと動かぬカメラ、穏やかな陰影、先を急がぬ落ち着いた演出。地味ながら日本映画のいいところを体現する演出は、ベテラン監督かと思わせるほど。と同時に、この手のドラマの弱点になりがちな退屈さとは無縁の卓越したストーリーテリング。非常に面白い人間ドラマであり、鉄道映画の楽しみも味わえるお得な逸品である。
なぜこの映画は地味なのに面白いのか。珍しい富山のローカル線が出ているからか。もちろん違う。
『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の脚本が優れている理由としては、小ナゾとでもいうべきミステリ要素を差し挟んであることが真っ先に挙げられる。
具体的には、突然家を出てゆく妻の心理がそれ。徹底して男目線で描かれているこの映画は、主人公同様、男の観客にとっては彼女の行動原理がさっぱりわからない仕組みになっている。昔気質の無口な男を主人公に据えることで、その謎解きのヒントとなるべき二人の関係性や過去を、(不自然にならずに)容易に観客には提示しないあたりもうまい。
その結果、主人公を取り巻く細やかな状況、たとえばその仕事ぶりや妊娠中の娘の言動ひとつに至るまで、観客はより強い注目と興味を浴びせざるを得ない。
なぜ奥さんはとち狂った行動をとるのだろう、どちらかの浮気が原因か、それとも仕事に問題があるのか? 気になる気になる……というわけだ。そしてそれらは、適切なタイミングで回答編が提示される。すべては計算づくだが、パッと見はただの日常ドラマになっているところが巧いわけだ。
気づけば観客はこの男の物語にすっかり引き込まれる。丁寧に各シーンを見ていったおかげで、綿密にはられた伏線にも気づくことができるだろう。西武線から車両譲渡を受けて活躍中のレッドアロー号。それに憧れる若き運転士、その恋の顛末。妻の真意と定年後の選択、そしてエンディング。すべてはこの映画の主題を描くための布石である。その主題は、震災後の時代感覚にもピッタリと合致している。
さらには、この映画のクライマックスの感動は尋常ではなく、ああ運転士とはまったくもって特別な職業だなと、男ならば誰もが感じるだろう。
レールの上を毎日同じ時を刻んで運転する姿、それはまさに、男の人生の本質を表すものだ。一見単調な繰り返しに見えるがもちろん違う。日々景色は変わり、一生に数度あるかないかの重大な局面で、誰の手を握るかの選択を迫られる。それは誇り高い労働者の姿、生き様そのものであり、人々の胸を打つ素晴らしいものだ。
あえて言うなら、ラストに蛇足感が漂うのが惜しい。描くテーマを考えると納得はできるものの、その前の見せ場があまりに見事だったがために、せいぜい出勤風景くらいに留めたほうがよかった。また、三浦友和演じる主人公が、ちょいといい人すぎるのも気になった。感情をあらわにする場面がもっとあっても、いい味が出たのではないか。
とはいえ見ごたえがある映画であり、違いの分かる中高年の方々が見ればその質の高さは一目瞭然。今週はまずこの作品から鑑賞候補に入れることを強くおすすめしておきたい。