『マネーボール』70点(100点満点中)
Moneyball 2011年11月11日(金)より、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー! 2011年/アメリカ/カラー/133分/配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
原作:マイケル・ルイス 監督:ベネット・ミラー 脚本:スティーヴン・ザイリアン、アーロン・ソーキン 出演:ブラッド・ピット ジョナ・ヒル ロビン・ライトフィリップ・シーモア・ホフマン クリス・プラット キャスリン・モリス

≪試合シーンは脇役だがれっきとした野球映画≫

旧態依然とした考えで野球をしている連中に、まったく新しい理論で立ち向かう。日本で作ればあっちゃん主演のアイドル映画になり、ハリウッドで作れば本格野球ムービーになる。両者が同じ年に公開されるというのは、少々酷な偶然である。

資金不足気味のアスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)に就任したビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は、選手補強どころか人気選手を半ば資金繰りのため放出しなくてはならぬ状況に頭を抱えていた。そんなとき彼は、見るからに運動はダメそうなオタク然としてはいるが、超一流大卒で斬新なデータ分析を行っていた青年ピーター(ジョナ・ヒル)に出会う。やがてビーンは彼の分析をもとに、年俸は安いがポテンシャルの高い選手を集め始める。だが彼らの発想を理解できぬフロント陣は猛反発、それでもビーンは意にも介さず画期的なチーム作りを進めてゆく。

打率や本塁打ではなく、出塁率を重視する。当時としては画期的だったこのデータ野球のことを、マネーボール理論などと呼ぶ。ドラッカーの経営学を無理やりあてはめるトンデモではなく、れっきとした野球論だ。

さらにこの映画は実話が基になっているから説得力もあるし、野球ファンにとっては大いに見ごたえがあるだろう。もっとも、この理論の創設者の名前くらいは知っていないと、少々説明不足なところがあるから要注意。

ハリウッドの野球映画は、日本映画のそれと違って試合シーンに手抜きをしないのがいいところで、この作品も元ワールドシリーズ経験者をふくむ、マイナーリーグ級の経験者を中心にエキストラを構成している。ブラッド・ピットが演じる主人公は才能ある元選手という役柄だからか、彼が見劣りしないようにあまり大柄な選手を画面にいれない配慮も感じられる。だからブラッド・ピットのトレーニングシーンなどは、他の選手役よりも迫力がある。

この映画はフロントの裏事情をメインとする作品なので、こうした試合関連のシーンは脇役に過ぎないが、これだけこだわっているとさすがに本物感が感じられ、とてもいい。とはいえ、重要な試合場面の描き方があっさりしすぎているのはマイナスだろう。いくら脇役的存在とはいえ、わざわざ盛り下げる必要はない。

その分、フロント業務はエキサイティングに演出される。トレード最終日の交渉風景などは、それ自体が見せ場といえるほどに緊迫感を感じさせるハデな場面になっていて面白い。

それにしても、なぜ今アスレチックスのGMを映画にするのか。ビリービーン擁するアスレチックスはワールドシリーズでいまだ勝ったことがない。せめて勝ってから映画化したほうが、タイミングとしてはいいように思える。

この作品は、誰もがもうだめだと思っていた弱小チームが、変化を恐れず新理論にすべてを委ねたおかげで旧勢力に勝ち上がる下剋上のお話。つまり今こそ変わるのだという、一種の革命ムービーである。

そういえばどこかの国は今、変わろう変わろうとリベラリストに訴えて当選したリーダーが窮地に陥っている。そんな時代、国でいま、この企画が実現した理由をこそ、考えてみるべきなのかもしれない。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.