『この愛のために撃て』75点(100点満点中)
A bout portant 2011年8月6日(土)より、有楽町スバル座、ユーロスペース他全国順次公開 2010年/フランス/85分/35mm/カラー/シネマスコープ/ドルビーSR/SRD/PG-12 配給:ブロードメディア・スタジオ
監督:フレッド・カヴァイエ 脚本:フレッド・カヴァイエ、ギョーム・ルマン 撮影:アラン・デュプランティエ 出演:ジル・ルルーシュ エレナ・アナヤ ロシュディ・ゼム ジェラール・ランヴァン
≪フランスらしい、純愛が原動力となるサスペンス≫
『この愛のために撃て』は、いろいろな意味でフランス的で、その反対に日本人からみると意外というか、感心する作品である。単純明快な痛快アクションではあるが、その意味で大いにすすめたくなる佳作だ。
パリ市内の病院で看護助手を務めるサミュエル(ジル・ルルーシュ)は、臨月の妻(エレナ・アナヤ)を自宅に押し入ってきた何者かに誘拐される。彼らの要求は、自分の病院に入院しているある男(ロシュディ・ゼム)の身柄。警察が厳重に警備するその入院患者を、看護助手の立場をつかってうまく院外に運び出したサミュエルだが、その瞬間彼らは組織と警察の双方から追われる身となってしまう。はたしてサミュエルは、愛する妻を取り戻すことができるのだろうか。
息つく暇もないハイスピードなアクションを、誰もが共感できるキャラクターの魅力で見せるフランス製サスペンス。
私がユニークだと思ったのは、このさえない主人公がとる大胆な行動について。この男は犯人から要求を受けた時、警察に言うことなく、むしろ犯罪になるとわかっていながら人質を「盗み出す」。日本人的な発想ではまずありえない展開だろう。権力に弱い日本人ならば、悪の組織の権力におびえ、権力を持つ警察に頼る。自分で何とかしようなどと考えることはないし、そんなストーリーはフィクションといえど成立しない。邦画でこれをやったら、のっけからばかげた絵空事になってしまう。
だがそうしなきゃ物語が動かないのだから、フランス人たちはどう理由付けするのか、私は気になっていた。
で、見てみると主人公の男を、誠実で純粋な、愛すべき凡人と描くことでたやすくその辺をクリヤーしている。冒頭、超美人の奥さんが臨月だというのに誘惑してくるシーンがあるが、そこでの彼の対応が、先ほど書いたこの物語最大の「壁」を打ち破る伏線になっている。細かい工夫だが、こういうところに映画作りのうまさを感じて嬉しくなる。愛に生きるフランス人なら、この程度の前振りで充分話に説得力を持たせられる。面白いところだ。
だが、これは意外と大事なことだ。極限状況でせっぱつまっていることもあるが、どんな逆境でもあきらめず、問題の大きさ、敵の強大さに心が折れない主人公の姿は見ていてほんとうに気持ちがいいものだ。やがて観客はこの、何の能力もない平凡なおじさんに、深い深い共感を感じて映画にのめりこんでゆく。
さらに話が進むと、意外な男の魅力的な部分が徐々に表に出てきて、最後にタイトルの意味が分かるような仕組みになっている。心憎いこの小技が、鑑賞後の満足度を高める効果を与えている。
『この愛のために撃て』は、奥さんへの愛のため命の危険を顧みない男、というシンプルながら好感のもてるテーマを肯定的に描いた気持ちのいい作品。サスペンスとしても一級品で、誰でも十分に満足を得られるだろう。奥さんがさらわれたら、むしろ喜ぶようなご家庭以外の人に、強く進めたい一本である。