『マイティ・ソー』65点(100点満点中)
Thor 2011年7月2日(土)丸の内ルーブルほか全国超拡大公開 2011年/アメリカ/カラー/115分/
配給: パラマウント ピクチャーズ ジャパン
監督:ケネス・ブラナー 脚本:マーク・プロトセヴィッチ、アシュリー・ミラー、ザック・ステンツ、ドン・ペイン 製作会社:マーベル・スタジオズ 出演:クリス・ヘムズワース ナタリー・ポートマン アンソニー・ホプキンス
浅野忠信
≪傲慢不遜な主人公は何を象徴しているのか≫
「マイティ・ソー」の全米公開は今年の5月だが、その内包するテーマ(後述)は、そろそろアメリカが本当にやばい瀬戸際となっているこの7月に見ると、時期遅れな印象を受ける。
なお、7月第1週目の映画を今頃紹介している当サイトの遅れっぷりよりはマシだろうとのクレームは一切受け付けていない。
神の世界最強の戦士ソー(クリス・ヘムズワース)は、血の気の多い性格から問題児として知られている。敵国に殴り込みをかけるなどその過激な行動はエスカレートする一方だったが、やがてその傲慢さを戒めようとする神の王から一切の力を奪われ、地上へ追放されてしまう。
オレ様最高、ケンカ上等の若き戦士が、ナタリー・ポートマン演じる人間のかわいこちゃんと出会い、交流するうち、自分の傲慢さに気づき悔い改め、よき王へと生まれ変わるお話。
古典に詳しい人ならぴんとくるとおり、これはシェイクスピアのヘンリー五世(「ヘンリー四世」に出てくるヘンリー五世=ハル王子の物語も含む)のプロット。だからその映画化を代表作にもち、シェイクスピア俳優としても有名なケネス・ブラナーが監督に選ばれたのも当然であろう。
さらに、本作のようなアメコミ映画は、公開される時代の社会的テーマを暗喩とすることが珍しくない。教養あるハリウッドの映画監督たちは、たとえ原作ものやリメイクであっても、そうやって時代性を作品に追加するわけだ。
だからアメリカの映画は面白く、世界一と評価される。観客も、その点をよく理解して隠れたテーマを探るようにすれば、アメコミ映画は大人一人で見に行っても十分に楽しめる。こうした映画作りとはまったく無縁の、日本の幼稚な漫画実写化とは志が違うのである。
本作も、古典「ヘンリー5世」の、現代を舞台にした翻案には決してとどまらない。そこにはちゃんと現在の国際情勢、とくにアメリカを見つめる視点が存在する。
傲慢なソーはいったい何を象徴しているのか。マッチョで腕力に物を言わせるオレ様タイプのこのヒーロー、どこかの誰かにそっくりな気もするが、それは観客の解釈しだい。
ユニークなのはそんな主人公が、やがて傲慢さを「反省」したあと、よきリーダーへと生まれ変わる展開。こうした映画を大衆に広く見せたいと映画会社のえらい人たちが総意で決定し、じっさいそれを下々の人々が大喜びする。
こうした現代アメリカの姿を、私のようなアメリカウォッチャーは興味深く見つめるのである。しかも映画「マイティ・ソー」の観客評価はとても高く、こうしたプロット、ストーリーを今のアメリカ人が心地よく見ていることがわかる。
個人的に驚いたのは、主人公が平和のために戦うのではなく、平和のために戦いをやめようと考え、そのために戦うこと。これはハリウッドのヒーロー映画としては珍しい。こういうものにアメリカ人が共感するとは、時代も変わったものではないか。
ちなみにここで大事な点は、ちょいとややこしいが「理由はどうあれ結局のところは戦って敵をぶち殺す」という部分である。暴力の否定ではなく、タテマエの変更。これこそがアメリカらしさであり、本作の最重要テーマといえる。
とはいえ、このテーマが本当にタイムリーかどうかはわからない。いまのアメリカはもう、なりふりかまわず(軍事的という意味ではなく)攻めていかないと国が持たない状況だ。この映画の言っている事は、この状況の中では少々のんきに感じる。
続々とこれから公開される最新作のテーマが、「マイティ・ソー」よりずっと攻撃的になっているのに比べると、本作はむしろ去年あたりに流行した作品と雰囲気を一にする印象だ。いずれその件については、該当の映画批評で述べていくことにしよう。
次に解釈とは無縁の、純粋な映画のできについて。
空気の読めない神様ソーと人間のやりとりはコメディチックで笑えるが、ちょいとボリュームが少ない。もっと笑いを増やしてほしいところ。
神様を人間が悔い改めさせるとは、考えてみれば傲慢な脚本だが、そのあたりを自覚したシニカルさはなくこれも残念。
アクションシーンは現代の映画としてはそこそこで、とくに人間界にやってくる無機質な敵キャラクターとの対決シーンは、たいへんな映画的快感が得られる。そこまで手足を縛られてきた主人公が大復活する瞬間、これは大きな見所である。
ハリウッドデビューを果たした浅野忠信はおいしい役どころだが扱いはきわめて小さい。それでもいい印象を残しているから、次のオファーもきっと来るだろう。
駆け足だが、この作品の評価についてはそんなところだ。