『BIUTIFUL ビューティフル』70点(100点満点中)
BIUTIFUL 2011年6月25日(土)より、TOHシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー 2010年/スペイン・メキシコ /スペイン語/カラー/148分 /ビスタサイズ/PG-12 提供:ファントム・フィルム/アミューズソフトエンタテインメント/アスミック・エース エンタテインメント 配給:ファントム・フィルム
監督・製作・脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、アルマンド・ボー、ニコラス・ヒアコボーネ 出演:ハビエル・バルデム マリセル・アルバレス エドゥアルド・フェルナンデス ディアリァトゥ・ダフ チェン・ツァイシェン
≪人は何を残して死ぬべきか≫
この映画の題名にもあるビューティフル(beautiful)とは、私のような人間を英語で表現するときに使うメジャーな単語だが、なぜか題名のほうはスペルが間違っている。
照明と同じように映画の演出も、間接的に行ったほうがより通好みで、しゃれた感じに仕上がる。本作のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督はそうした手法を、今回これでもかと多用する。題名のスペル違いはその最たるもので、映画を見ればこの誤りが何を表現しているのかがわかる。そして皆さんは、そのときたぶん涙する。
スペイン、バルセロナの一角で不法移民に違法な仕事のあっせんを行い、日銭を稼いでいる男ウスバル(ハビエル・バルデム)。妻と別れ、いまは2人の幼い子供たちと暮らしているが、あるとき彼は末期がんで余命2か月と診断される。自分が死んだらこの子たちはどうなるのか。焦りと恐怖に支配されそうになりながら、ウスバルは手段を選ばず金を稼ぎ、子供たちに残そうと考える。
主人公は不法滞在者専門のオー人事サービスで黒い金を稼いでいるが、決して悪徳ではない。自分なりに移民たちの事を思いやる心を持つ、つまり根はいいやつである。日本で貧困ビジネスをやってるブラック企業とは志の高さが違う。
だが裏社会の住人であることに違いはないから、社会福祉とは無縁。自分が死んだら10歳に満たない息子たちの面倒はだれが見るのか。家賃はだれが払うのか。その悩みは恐ろしいほど切実で、発言小町でも解決できそうにない。映画は胃が痛くなりそうなこの状況を、これでもかというほど生々しく、リアリティたっぷりに描いてゆく。
監督の間接照明的な演出力は、最初の子供たちとの食事シーンでまず発揮される。この情報量の多いシークエンスで観客は多くの事を知る仕組みだ。
まず、安い魚と白砂糖とシリアルという類型的なメニューからは、この一家がとてつもない貧乏であることがわかる。余裕がないからこそ、父親がイラついていることも次の叱責シーンですぐにわかる。その後のおねしょにかかわる会話のやりとりからは、しかしこの父子に強い愛の絆が存在することが描かれている。
すべての演出は間接的に、決して説明的になって反感を買わぬよう、慎重に作品世界に観客をいざなってゆく。一流の映画監督は、こうした何気ない短時間のシークエンスで必要な説明をすべて終えてしまう。それは心地よいリズムとなって、退屈になりがちな人間ドラマに彩りを与える。
ほかにも、序盤に出てくる人たちのバックに常に不快で騒々しい、耳障りな物音を流しているあたりもうまい。これによって主人公が暮らす環境のひどさ、しいては人生の現時点ののっぴきならない最底辺ぶりを観客の脳裏に植え付けている。
ひとつだけ説明不足と感じたのは、主人公に本物の霊能力がある設定について。そういう超常現象の入る余地があるようなドラマとはまったく想像していなかった分、観客の多くは戸惑ってしまうのではないか。もっともその能力があるからといって状況が好転するわけではないし、江原さんのようにお金持ちにもなれない。本筋にはさほど絡んでこない。
さて、「子供に金を残したい」とがんばるお父さんの努力は報われるのか。そもそもその方針じたい正しいのか。
ハビエル・バルデムの奔走ぶりをみて、観客の多くは考えるだろう。「オレ、子供に何を残して死んだらいいのかな……」と。
それについてアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは、にくらしいほど論理的な回答を最後に示している。彼に47歳という若さがなければ、こんなに情け容赦ない正解を観客にたたきつけるようなマネはできないであろう。
この挑発的な結末に、あなたはどう応えるだろうか。見た後、同行者と議論がもりあがりそうな、尾を引く後味のドラマ。単なる感動ものでは満足しない、ひねりある映画作品を望む通な映画ファンにのみ、すすめたいところだ。